30歳になり「いよいよ生涯独身か」と思っていたとき、母親に「好きな人がいたら結婚していいよ」と言われ、ユキは驚き、混乱した。「なんで今頃になって言うの!」と母親を詰った。このときのことを、神野は「長女はこのままでいけば一生独身で終わると内心焦りました。そりゃあ、祝福を受けてもらいたかったけど、一生独身でいられるよりは好きな人と結婚してもらったほうがいい。まあ、断腸の思いでしたが」と打ち明ける。
ユキはその後しばらくして自分で選んだ相手と結婚した。
話が一段落したところで、「36歳になった今でも後遺症があるんですよ」と、母親似で意志の強そうな印象を与えるユキが寂しそうな表情になった。
大人になっても自分の気持ちがコントロールできない
ユキは大学を卒業してから職を十数回変えていた。上司から同僚と同じように平等に扱われると、わけもなく苛立ってしまうからだという。母親に小さいときからかまってもらえなかったことが原因だとユキは分析する。
「自分で自分の心理状況は分析できるのに、同僚よりも注目されたい、評価されたいという気分はどうしても拭えないんですよね。蚊に剌されるでしょ。そうするとすごく大騒ぎをするんです。主人が『なんだ蚊に剌されたぐらいで』と言えば、もう感情がコントロールできなくなってしまう。自分が自分であることを認めてもらうことなく育てられてきたことの反動なんでしょうが、どうしようもないですね」
ユキは感情をコントロールするために1人で車を飛ばす。
「ムシャクシャすると会社の帰り道、横浜まで飛ばすこともあります。土日はたいがいダンナさんを放っておいて、10時間はハンドルを握る。月にすれば3000キロは走っている。それでようやく感情をコントロールできるんです」
母の猛反対にあった妹は…
ユキが母親に結婚していいよと言われた年、神野家は修羅場だった。
高校生だった三女の桃子が統一教会の二世と付き合っていることが発覚し、母親の三千子が半狂乱になっていたのだ。相手はヤコブ(編集部注:合同結婚式に臨む前に産まれた子供のことを統一教会ではヤコブ[罪の子]と呼ばれる)で、父親は胃がん、家は献金がたたって自己破産寸前だった。ユキによれば、桃子が相手の身の上話に同情し、付き合うようになったのではないかという。二世の間でよくあるケースだともいう。
しかし、三千子にとって文鮮明がマッチングする前に娘が男性と付き合うことは許されないことである。ましてや、娘は神の子、相手はヤコブである。神の子は神の子同士で結婚しなければならない。
三千子は相手の男の子を呼びつけ、二人を前に顔を真っ赤にして包丁を突きつけ、交際をやめるように迫った。
だが、桃子は付き合いをやめなかった。生まれて初めて自分の意志を貫こうとしたのである。