過去に2回あったV6の深刻な“危機”
「SMAP、TOKIO、V6は1980年生まれの岡田准一を除いて、全員が1970年代生まれ。一方で嵐からはメンバー全員が1980年代以降の生まれです。70年代グループが次々と活動休止や解散を選ぶなかで、次のジャニーズの精神的支柱はV6が担うと誰もが考えていました。傍目には大きな諍いも重大なスキャンダルも見られませんでしたし……」
しかし、とあるテレビ局関係者は「これまでに2回ほど深刻な“危機”がありました」と語るのだ。
「まず2015年。2014年の大晦日にNHK紅白歌合戦への初出場を果たし、夏からデビュー20周年の記念ツアーを行った年でした。この節目で解散をという話が出たのですが、当時はまだ元気だったジャニーさんが『せっかくなんだからもうちょっと続けなよ』と説得し、回避しました。
しかし2019年の春、本人たちの報告にあるように“解散”の2文字が浮かんできた。まず、強く推したのは三宅健くんです」
なぜ三宅は活動休止ではなく、解散を主張したのだろうか。これには「三宅くんと森田剛くんの特別な仲が関係している」という。
「剛がもうV6をやらないのなら、俺もやらない」
「その頃、森田が『ジャニーズを離れて役者だけでやっていきたい』と心情を吐露するようになっていたんです。2018年春に舞台共演がきっかけで女優・宮沢りえと結婚し、小学生の娘を持ったことで、改めて将来を考えたのでしょう。
いま森田を地上波ドラマで見かけることはほとんどありませんが、舞台役者としては超売れっ子。2005年に劇団☆新感線の舞台『荒神~AraJinn~』で舞台初主演を果たした後、宮本亜門や故・蜷川幸雄ら大物演出家の舞台に立ち、どんどん舞台にのめり込んでいった。そして結婚したのが演技派の大女優ですから。“あちら側”に行きたい気持ちが高まっていた。
その気持ちを汲んだのが三宅なんです。三宅はV6結成時にも『剛がグループに入らないなら俺もやらない』とジャニーさんに言いきったほど森田と仲がいい。25年を経てもその信頼関係は変わらず、『剛がもうV6をやらないのなら、俺もやらない。解散するべきだ』と、その意志は頑なだった」(同前)