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綾瀬はるか、カズオ・イシグロに会いに行く #後編

人気女優がロンドンで語り明かした2時間。

source : 文藝春秋 2016年2月号

genre : エンタメ, テレビ・ラジオ, 読書, 芸能, 映画

note

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 2015年5月、『わたしを離さないで』以来10年ぶりに出版されたイシグロ氏の最新作『忘れられた巨人』(原題:The Buried Giant)は、竜や妖精が出てくる一見ファンタジーのような雰囲気の作品だが、サクソン人とブリトン人の争いが根底に流れ、竜によって記憶を失っていた人々が記憶を取り戻した時に、果たして平和に暮らすことができるのかが重要なテーマになっている。折しも対談直前、英議会では、過激派組織「イスラム国」に対する空爆範囲をシリア領内にも拡大する政府案が可決されたが、「不安定で危険な」世界情勢下だからこそ、より広く読まれるべき重要な作品だと評する声も多い。話題は、イシグロ氏の最新作へも広がっていった。
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イシグロ 『忘れられた巨人』は、「社会における記憶」を扱った作品です。人間はいかにして憎しみを作り上げるのかについて書きました。この社会では時として、過去をあえて掘り起こして、今では存在しないはずの憎しみを過去の記憶から新たに作ったり、世代から世代へと伝えていくことがあります。歴史をコントロールすることによって、憎しみが再創出されることがあるのか、という問題を描きました。

綾瀬 いつも、イシグロさんの頭には、最初に「こういうことを書きたい」というテーマが浮かんで、そこから様々な物語を作っていかれるんですか?

イシグロ ええ、常にとてもシンプルなところから物語作りを始めます。2、3行で言い表せる、物語のコアとなるようなところからスタートします。自分が深く強く感じるものができるまで待ち、その強い感情的なメッセージを根幹に据えて、そこから物語を膨らませていくのです。

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綾瀬 自分の感情が強く反応するまで、じーっと待つんですね。

イシグロ ええ、いつもかなり長い時間待ちます。私は小さなノートを持っていて、そこにまずは1、2年かけてアイデアを書き溜めていく。そして強い感情が湧きあがってくるのをとにかく待ち、「それ」がきた時に物語ができていく。

©ホリプロ

ファム・ファタールをはるかさんに

綾瀬 辛抱強さも大切なんですね。小説を書いている時以外では、何をされている時が一番楽しいですか。

イシグロ 映画が特に好きです。自宅にミニシアターを作ってあり、プロジェクターで昔の映画を見るのが一番の楽しみでしょうか。日本映画だけでなく、30年代のハリウッド映画や50年代のフランス映画も見ます。あとは、カフェで会話を楽しみながらケーキとお茶、というのも大きな楽しみです。もうひとつは音楽です。若いころはボブ・ディランやレナード・コーエンに憧れて、ソングライターになろうと思っていました。今は曲は書いていませんが、作詞は続けていて、ジャズシンガーのステイシー・ケントの詞を書いています。

綾瀬 最後にもうひとつ、Difficult questionかもしれませんが、よろしいですか。イシグロさんは映画やドラマの脚本を書かれることもありますよね。今日、こうして2時間近くお話をさせていただいた感触から、私が今後、どういった役柄を演じたら面白いと思われますか?

イシグロ 興味深い質問ですね。『わたしを離さないで』のキャシーは、まさにパーフェクト、ぴったりだと思います。また、私は今、ロボットやサイボーグに興味があって、関連の本を読んだり映画を見たりしています。そうしたSFっぽい映画ではるかさんを見るのも面白そうですね。それと、全く正反対のタイプに見える役をやるのも時には面白い効果が出ます。だから、はるかさんが悪女的なファム・ファタール(運命の女)を演じると、面白いのではないでしょうか。

綾瀬 Thank you so much!

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