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国分町の“おんつぁん”と語った「野球と人生、そして背番号14のこと」

文春野球コラム ペナントレース2021

2021/04/28

 東北一の歓楽街・国分町。表通りから一本奥まった路地にあるうらぶれた居酒屋を、まもなく還暦を迎えようとしている初老の男が、いつものように切り盛りしていた。

 お店の常連客からは、「おんつぁん(仙台弁で=おじさん)」と、親しみをこめられ、そう呼ばれている。

 店内のちょうどよい目線の位置に備え付けられた年季の入ったテレビモニタには、背番号14を背負った男が映し出されていた。

背番号14の男 ©文藝春秋

「あの姿は忘れられないんださ」

「んだから、あいつの入団1年目の年は、2013年か。俺は前の年にさ、いぎなり
離婚したんだ」

 へへへっ、とおんつぁんは笑いながらそう答えた。

 イーグルスが日本一となった2013年を経て、その後勝てない時代を経験する。平成から令和に移り変わりいくなか、決して多くはない収入のなかから別れた妻と子供のために養育費を払い続けた、それがおんつぁんのプライドだった。

「その頃の仙台は、震災の復興バブルと言われたりしてよ、国分町もどこいっても混んでるちゃあ。なんだべ~大工の日当も4万になった~って現場監督の常連客が困ってたんだ」

 そう言うとおんつぁんは、クリムゾンレッドの手帳をバッグから取り出すと、小学生らしき二人の子供が写った写真をジッと見続けた。別れてから何年も会えていない子どもたち。気落ちすれば、そのまますっぽりと社会から取り残されるかような孤独に追い詰められるなか、この写真とともにイーグルスの試合を見ることだけが心の拠り所だったという。

「けっぱったなあ……俺、けっぱった」

 頑張ったという意味の仙台弁の言葉を連呼するおんつぁんの隣で注文を一手に引き受けるフィリピン生まれのおばさんは、またこの話か……という呆れた顔をしながら、手慣れた手つきでドボドボとブラックニッカを注いで濃いハイボールを作ってくれる。

 おんつぁんは客にしわがれ声で話し続ける。

「公園でさ、父親とちいさい子供が遊んでいるのを見ると、いぎなりいづい気持ちなんだべさ。そりゃあ自分が悪いんだ。浮気して家族を裏切った自分が100%悪い。球場前の榴岡公園、桜の季節は特に嫌!なんだべさ、通るたびに胃がぎゅうっと掴まれるっぺよ」

「いぎなりいづい」とは、仙台弁で「違和感あるとか居心地悪い」ということ。おんつぁんいわく、離婚の原因は1アウトもとれないKO負け。何の言い訳もできない、おんつぁんのただの浮気。

 おんつぁんいわく、離婚の原因は1アウトもとれないKO負け。

 何の言い訳もできない、おんつぁんのただの浮気。

 ふうっとため息をつくと、今年の仙台の桜は早く咲いて早く散ってくれてよかったと、たわいもない世間話を続けてくれた。

「震災で家族をなくしたり家を失ったりした人の事を考えれば、俺が抱えた孤独なんてそりゃあくだらない。んだけども、日本一の2013年もそうだし、マー君がアメリカいったあども、チームを支えて一生懸命投げてくれてたあいつの姿にどんなに励まされたっぺよ。あの姿は忘れられないんださ」