昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

2021/04/06

 パチンコにしても、薬物にしても、無価値な自分にふさわしいからやっていたのだと思う。無価値な自分はパチンコをやるべきだ。無価値な自分はヤク中になるべきだ。人は自分にふさわしいことをやらなければならない。生活保護受給者の自分にとって、それはパチンコであり、薬物だったのだ。

 実のところ、実際に生活保護を受給するまでは、生活保護を恥ずかしいものだなどと欠片も思っていなかった。所得が高ければ税金を納める。所得が低ければ生活保護を受給する。そして所得の決定要因は遺伝と環境…つまり運だ。納税も生活保護も、ルソー流の社会契約の一部であって、本質の部分ではなんら変わらぬものなのだと思っていた。

写真はイメージです ©istock.com

 実際に受給してみて、そんな頭で考えただけの戯言は全て吹き飛んだ。生活保護受給者は生きる値打ちのないクズだ。今まで欠片たりとも抱いたことのなかった思いが、自分の内面全てを埋め尽くした。

 なぜそうなってしまったのだろう。わからない。しかし当時の自分にとっては、それが紛れもないリアルな実感だった。生活保護受給者は無価値だ。人生の詰んだ敗残者だ。今すぐにでも自殺すべき残骸だ。また何かしらの理由で生活保護を受けることになれば、再びそのような感覚が自分を埋め尽くすだろう。

 幸い、生活保護は1年ほどで抜けた。緩慢な自殺のような生活を送っていたのに、なぜか内臓疾患の調子が好転し、再び働けるようになったからだ。今はなんとか福祉に頼らず自分で生活を営んでいる。

 あのとき死んでいた方が良かったのかもしれないと思うこともある。今の自分はなんとか自活しているが、別に何か人生に希望を抱いているわけではない。ただなんとなく死ねなくて、なんとなく生きているだけだ。また死にたくなって、そのときはあっけなく死ぬのかもしれない。

 生活保護を受けてから価値観が変わった。「どんな人間にも無条件で価値がある」などと、とても口に出せなくなった。あのべっとりとした無価値感。その渦中にいた自分に届く肯定の言葉などあっただろうか。

 もう二度と、あの場所には帰りたくない。

この記事の写真(2枚)

ツイッターをフォローして最新記事をいち早く読もう

文春オンラインをフォロー
z