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「優勝を知ってほしかった」

 帰り際、監督室を覗くと、もうガランとしていた。荷物はキレイに片づけられ部屋にはなにも残っていなかった。監督は花束と1枚のパネルを大事そうに抱えていた。そのパネルを覗くと秋季キャンプを行っている鴨川市の職員からの手作りのメッセージと写真で彩られていた。この5年分の思い出の写真とメッセージが書き込まれたパネルを試合前にプレゼントされたという。

「嬉しいよね。気持ちが嬉しい」

 秋季キャンプでは練習後に協力をしてくれた市の職員やスタッフと労いと感謝の気持ちを込めてバーベキュー大会を催すなど交流を深めてきた。プロ野球の監督特有の壁を作ることは決してなく、気さくに話しかけ、一緒に時間を過ごしたことを地元の人は今でも感謝をしている。そんな思いの込められた手作りのパネルを目にして、涙がこぼれ落ちそうになっていた。

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 5年間でAクラスに3度。15年と16年は2年連続でAクラス入りを果たした。それでも唯一無二の思いで目指していたリーグ優勝は果たせず、最後の一年は屈辱にまみれた。伊東監督が就任直後からいつも口にしていたことがある。

「この子たちに優勝の味を教えてあげたい。優勝をすれば色々なものが変わる。人生が変わる。そうすれば、また優勝がしたくなる。日本一はもっといい。それを知って欲しかった」

 志半ば。無念の退任となるが、言い訳は決して口にせず、すべての責任を背負い込んだ。選手たちにはその熱き心は、しっかりと伝わっている。鈴木は監督就任1年目の13年終盤の練習中に問いかけられた事を今も鮮明に覚えている。

「優勝のなにが、いいと思う?」。答えを待たずして、指揮官は自ら答えた。「野球が最後まで出来る!」。力強い口調でハッキリと言った。納得してその場を去ろうかとした。その時だ。「まだある」と指揮官に呼び止められた。「日本シリーズはな、秋の匂いがするんだ」。その瞬間の衝撃を鈴木は忘れない。経験した男にしか分からない独特のニュアンス。たまらなくカッコよく誇らしく感じられた。

 伊東マリーンズは今日10日を持って最終戦を迎える。ただマリーンズは明日からまた新たな一歩を踏み出す。この5年間、伊東勤が大事にしてきた勝利への執念と熱き心を胸に次なる戦いへ挑む。近い将来、グラウンド上で秋を迎えた時、私はキャプテンに監督が誇らしげに語っていた「秋の匂い」というものの感想を聞こうと決めている。そして当時の事を思い出して、二人で笑い合いたいと思っている。

梶原紀章(千葉ロッテマリーンズ広報)

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