「あれを見たら、グッとくるものが……」
「オレには、なにもしないでいいからな!」
本拠地最終戦を前に今季限りで退任をする伊東勤監督から口酸っぱく言われていた。選手たちによる胴上げもマネージャー経由で「気持ちは嬉しいけど、勇退をするならまだしも、オレはね」と断りを入れた。マリーンズの最下位の責任を一身に背負ってピンストライプのユニフォームを静かに脱ぐことを希望した。ただ、それでも5年間、お世話になった指揮官に、なにもしないわけにはいかない。試合後にオーロラビジョンで披露された今季の振り返りVTRの後半部分を差し替え、5年間にわたった伊東マリーンズの思い出の映像に急きょ再編集させてもらった。セレモニー冒頭で映像が流した。ベンチ前で色々な思い出が走馬灯のように蘇ったのだろうか。指揮官は目頭を熱くさせ静かに数度、目をこすった。
「あんな映像を作ってくれているとは思っていなかったからね。あれを見たら、グッとくるものがどうしてもあったなあ……」
試合後のセレモニーを終え、監督室に戻ってきた伊東監督は嬉しそうに笑ってくれた。「なにもしないでいい」。頑なに言い続けていた命令に背く形にはなったが、怒られてもいいので感謝の思いを映像作品にして伝えたかった。だから喜んでいただけて心底、嬉しかった。映像の最後に「伊東監督、5年間ありがとうございました。マリーンズはあなたの熱き心を忘れません」とメッセージを入れさせてもらった。
真っ赤なバラが手渡された理由
セレモニーの最後には鈴木大地キャプテンから感謝の気持ちを込めて花束が手渡された。綺麗な真っ赤なバラが咲き誇る花束。ZOZOマリンスタジアム近くの花屋による推薦であえてバラが選ばれていた。あれは2015年4月の事。その春に双子の長男と長女が大学を卒業し、それぞれの道を歩むべく巣立ったのを機に伊東監督は花店に注文を入れ、妻への感謝の気持ちを込めて真っ赤なバラの花を購入していた。その出来事がとてもステキでずっと印象に残っていたという花店のスタッフは伊東監督への最後の花束に真っ赤なバラを用意してくれた。色々な人の想いを代表して若きチームリーダーが手渡した。
「ボクは伊東監督の下でいろいろな経験をさせてもらいました。あの人がいなければ今の自分はいない。監督を胴上げする事が出来なかった事が本当に悔しい。寂しいです」
鈴木はそう言って声を震わせた。この若者が醸し出す闘志を指揮官は誰よりも買っていた。だから2014年に24歳の若さであえて主将に抜擢をした。周囲からは「時期尚早」と疑問の声も上がっていたが、「アイツには熱いものがある。このチームの誰よりも負けず嫌いな強い気持ちを持っていて、燃えるものがある。チームを引っ張れる存在。マリーンズに必要なのはそういうもの」と信じ起用し続けてくれた。
そして今、チームの絶対的なリーダーとして欠かせない存在となった。誰よりも声を出し、若手の多いチームをプレーと姿勢で引っ張る背番号「7」がいる。ファンサービスも積極的に行ってきた。自ら呼び掛けて勝利後にスタンドと一体となって行う「WE ARE」のコールは球団の名物にまでなっている。試合後のベンチで拡声器を手に若手を引き連れてスタンド近くまで赴き、ファンと喜びを分かち合う。その姿にこそ伊東監督がこの若者に期待をしていたすべてが凝縮されている。花束を受け取りながら最後のメッセージを伝えた。
「来年も頑張れよ。頼むぞ」
その言葉に何度もうなずきながら鈴木は力強く応えた。