先月9日、陸上短距離の桐生祥秀(よしひで)が、日本学生対校選手権の男子100メートル決勝で、9秒98の日本新記録を樹立し、日本勢では初めて「10秒の壁」を破った。
国際陸上競技連盟(IAAF)の公式記録では、1968年6月20日の全米陸上選手権の男子100メートル準決勝でジム・ハインズが9秒9を記録し、これが10秒の壁が破られた世界初のケースとされる。もっとも、これは手動計時による記録であり、電動計時では10秒03だった。だが、ハインズはその4ヵ月後、メキシコオリンピックの決勝で、今度は電動計時により9秒95を記録、金メダルを獲得する。いまから49年前のきょう、1968年10月14日のことだ。
オリンピックでは1964年の東京大会以来、電動計時が公式記録に採用された。しかし各国の国内大会では電動計時の義務づけはなかった。そのため、東京オリンピックで優勝したボブ・ヘイズ(アメリカ)は、手動計時では9秒9と計測されていたにもかかわらず、電動計時による10秒0が公式記録となった一方で、4年後の全米選手権では、ハインズの手動計時の記録が公認されたのである。なお、国際陸連が、短距離種目に関して電動計時による記録だけを公認するようになったのは、1977年1月のことである(小川勝『10秒の壁――「人類最速」をめぐる百年の物語』集英社e新書)。
ハインズはメキシコオリンピックにおいて、電動計時でも10秒の壁を破ったわけだが、ただし、これについても留意が必要である。というのも、記録の生まれたメキシコシティーは、標高2240メートルという高地にあるからだ。平地よりも気圧の低い高地では、空気抵抗が減るため、このオリンピックでは100メートルだけでなく、走り幅跳びや三段跳びなどでも世界記録があいついだ。
ハインズの記録はそれから15年後、1983年7月3日に同じくアメリカのカルビン・スミスが9秒93を出し、更新された。しかしこれも、標高2194メートルの高地にある米コロラド州の空軍士官学校の競技場で出たものだった。じつはスミスの2ヵ月前、83年5月14日には、米カリフォルニア州モデストで行なわれた「S&Wクラシック」で、カール・ルイス(アメリカ)が9秒97を記録していた。これが平地での電動計時による初めての10秒の壁突破ということになる。83年以降、男子100メートルの世界記録は数年間隔で更新され、現時点ではウサイン・ボルト(ジャマイカ)が2009年に出した9秒58が最速である。