実に気持ちがいいのだ。投球のテンポがいいこの人が好投すると試合は早く終わり、その後飲み……にはコロナ禍が収まるまで行けないけれど、いいことづくめだ。
誰のことかって? 開幕から日本ハムで先発ローテーションの一角を占め、安定した投球を続けている加藤貴之投手だ。開幕早々、4月4日のロッテ戦(札幌ドーム)、翌週11日のオリックス戦(京セラドーム)では、ともに自己最長の8回を投げて1失点。その後も6回3自責点以内のいわゆるクオリティースタートを決め続け、試合をつくる安定感はチーム随一と思わせてくれる。
今季はすっかり聞かなくなったが、2019~20年の日本ハムは「オープナー」や「ショートスターター」と呼ばれる、米大リーグで先行していた投手起用法を実践していた。先発した投手を1イニングや打者ひとまわりで降板させ、2番手投手が長いイニングを投げる戦術で、打者と複数回対戦すると被打率がどんどん上がってしまう投手を有効活用し、試合の流れをつかむ方法とされていた。
当時、この戦術下で先発……というか1番手を任されることが多かったのが加藤だ。ただその年のオフ、NHKの番組「球辞苑」に出演すると「言われたときは、何を言っているんだろうと思いました」「負けしかつかないのはキツい」「また投げるのかと言った感じで、精神的な切り替えがうまく行かなかった」と役割への戸惑いを並べていたのを思い出す。チームの狙いは今に至るまではっきりと語られたことがなく、各種報道から推測するしかないのだが、起用法を見れば加藤は明らかに「イニングを食えない投手」に分類されていた。
思い出される同じ技巧派左腕・武田勝のこと
そこでふと、思い出した。加藤と同じ技巧派左腕だった、武田勝投手のことだ。
2006年に入団していきなり2度のリーグ優勝に貢献した彼も、ヒルマン監督時代の2年間は先発とリリーフの兼任だった。2008年に梨田監督がやってくると先発が主な役割になりはしたものの、試合の途中でちょっとピンチを招くと降板させられていたのを思い出す。プロ初完投は4年目の2009年、初完封は2010年のことだった。通算成績を見れば、この4年連続で2桁勝利を挙げた2009~2012年が全盛期だったということになる。
では投球イニングを稼げなかった入団当初の3年間と、その後の4年間、何が違ったのかといえばおそらく本人は何も変わっていないのだ。変わったのは周りの目線。「こいつになら、任せても大丈夫」と思われるようになるには、きっかけとなる結果が必要になる。武田勝の場合は、2010年6月22日、ソフトバンクを相手に成し遂げた初完封を「新しい自分を見つけることもできて、自信になったのかな」と語っている。
今季の加藤は長いイニングを投げさせてもらうために体力強化や、ストライクゾーンに投げて勝負するためのカットボール習得など周到な準備をしてきたと報じられている。ここまでの結果はそれが功を奏した部分があるだろう。ここから先発投手としてもう一つ上のレベルに達するには、どこかで首脳陣の思い切りが必要なのだ。完投しようとすれば試合中、2度や3度のピンチがやってくる。それを乗り越えたり、さらに試合を締めくくる方法は経験しなければ覚えられないままだ。
ストライクをどんどん投げて勝負する今季の加藤は、試合終盤になっても球数がかさんでいることは少ない。これから交流戦に入れば、セ本拠地での代打という戦術のためさらに難しくなることを承知で言いたい。栗山監督、加藤に最後まで投げるチャンスを与えてください。試合を、チームを背負うことを覚えた武田勝がダルビッシュ後のチームで柱となってくれたように、いつか大きく返ってくる『投資』ではないだろうか。