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「いい洗剤は何か、自分に合うシャンプーは何かを突き詰めたい」

 振り返るに、日本においてマルチな才能を発揮する人には、新たな生活の形を人々に提示し、自ら実践しているケースが少なくない。伊丹十三からして、多くの日本人がまだスパゲッティにほとんどなじみのなかった60年代にあって、その食べ方や茹で方をエッセイで説くなど、ライフスタイルについて一家言持っていた。あるいは、第1回伊丹十三賞の受賞者で、コピーライターや作詞家など多才ぶりを示す糸井重里は、80年代にずばり「おいしい生活。」というコピーで一世を風靡し、現在も主宰するウェブサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」で、記事やオリジナルの日用品の販売を通じて生活の楽しみ方を積極的に提言している。

映画「マルサの女」を撮影していたころの伊丹十三 ©文藝春秋

 ひるがえって星野源は、生活から逃避するツールがインターネットで簡単に手に入るようになった時代に登場した。同時代の多くの若者がそうであるように、日々の生活から逃避してばかりだった星野が、最初の著書で生活に向き合おうとしたのは象徴的だ。これ以降、彼は、『逃げるは恥だが役に立つ』とその主題歌「恋」で多様な結婚のあり方を肯定するなど、新たなライフスタイルを提示し続けている。最近のインタビューでは、料理をつくるのが好きになったと語っていた。

《楽しいんですよ、最近やり始めたんですけど。だからひとりの生活の楽しみとか、そういうところもしっかりしていきたいなと思います。いい洗剤を突き詰めるとか、自分に合うシャンプーは何かとか(笑)》(※2)

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 星野源がいま支持を集める理由は、単に多才というだけでなく、こんなふうに地に足をつけながら物をつくり続けているところにもあるのではないだろうか。

※1 『キネマ旬報NEXT』Vol.13
※2 『AERA』2018年12月31日・2019年1月7日号
※3 『AERA』2016年9月26日号
※4 星野源『そして生活はつづく』(文春文庫、2013年)

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【2021年5月20日 著者追記】

 この記事が掲載されたあとも星野源の活躍は著しい。新型コロナウイルスの感染拡大にともなう最初の緊急事態宣言が発令される直前の昨年4月2日深夜には、自身のInstagramのアカウントへ自宅待機中につくった曲を弾き語りする動画を投稿したことは、まだ記憶に新しい。そこに付された《誰か、この動画に楽器の伴奏やコーラスやダンスを重ねてくれないかな?》というメッセージに応えて、多くの人たちが「#うちで踊ろう」のハッシュタグとともに自作動画を投稿することになった。外出できない状況のなかでいかに楽しくすごすか、このときもまた彼は1つのライフスタイルを提案したわけである。

 今年の正月には、『逃げるは恥だが役に立つ』の続編が放送され、星野演じる平匡と新垣結衣演じるみくりの新婚生活が描かれた。それから半年もしないうちに2人が現実に結婚しようとは、一体誰が予想しただろう。

 星野は『逃げ恥』の連続ドラマ放送時(2016年)に、雑誌での連載エッセイでずばり「新垣結衣という人」と題して新垣をとりあげ、彼女は主演俳優でありながら、きわめて「普通」の感覚を持った人だと称賛していた。その根拠として挙げられた《目の前の課題に向き合い、乗り越え、さらに周りをよく見つめ、現場で何か問題があると、表情にはまったく出さず、人知れずこっそりフォローしている》(『いのちの車窓から』KADOKAWA、2020年)という新垣の姿は、そのまま夫婦のあるべき姿に当てはめたくなる。

 きっとこれから、星野と新垣をことさらに『逃げ恥』の平匡とみくりに重ね合わせてみたり、ともすれば「理想の夫婦」などと持ち上げる向きも出てくるだろう。だが、2人が目指すのはやはり、お互いや周囲にさりげなく気を配りつつも、あくまで自然に振る舞う「普通」の生活なのではないだろうか。