出生前診断を受けて「異常なし」と伝えられたが、生まれてきた子がダウン症だった光さん。乳児はさまざまな合併症に苦しみながら、出生から3ヵ月14日で亡くなった。自己決定の機会を奪われた光さんは病院を提訴するが……。
ノンフィクション作家の河合香織氏は “命の選択”に直面した当事者たちへの綿密な取材を行い、『選べなかった命 出生前診断の誤診で生まれた子』(文春文庫)を執筆した。ここでは同書より、裁判における光さんと医師側のやりとりを抜粋。出生前診断の是非、当事者の思いを紹介する。(全2回の1回目/後編を読む)
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あまりにも痛々しかった
法廷での光に対する佐久間弁護士による主尋問は、まさに望まぬ生を生きた天聖の苦痛を問うものであった。
佐久間弁護士はこう質問を発した。
「痛々しい姿であっても、天聖君は生まれてきて幸せだったと言えるんでしょうか」
光は言葉に詰まって、放心したような顔をした。
「……とても幸せそうな姿には見えませんでした。何とかしてあげたかったです」
「では、いかなる医療を施しても、腸は動かず、造血もできないため、大量の腹水や呼吸困難を招来して死亡するという結果があらかじめわかっているとしても、天聖君は生まれてきたことの喜びを感じたんでしょうか。それとも苦痛を感じたんでしょうか」
「大半は苦痛だったと思います」
佐久間弁護士が陳述書の抜粋を読み上げる。
〈DIC、敗血症を併発し消化管出血を起こし、痰を取ると出血、尿道からも出血、あらゆる箇所からの出血が始まり、体幹は紫色と化していました。もしあの状態で意思表示のできる大人であれば、あまりの痛みに殺してくれ!! と叫んでいたことでしょう……あまりに痛々しくて、目を覆いたくなるような、見るも無残な姿……面会に来る他の家族が天聖を見て驚いている表情に、お願いだから見ないで……と心は叫んでいた。とても生まれてきて良かったね、と言えるような状態ではなかった〉
法廷の空気が一層静まり返ったように思えた。開廷の場面はこの日もテレビカメラが入り、大勢の記者が駆けつけていた。多くの目が光の丸い背中に突き刺さる。
佐久間弁護士は畳みかけるように尋問を続ける。
「仮に、あなたが天聖君の立場だったら、生まれた後そうやって1日24時間苦痛が続いて、その後もどんどん苦痛が増大していき、その末に死亡するとわかっていても、やはり生まれてきたいと思いますか」
「いいえ、苦しむだけのために生まれてきたいとは思いません」