たとえば、今年2月に公開された『哀愁しんでれら』で演じた役は、一見すれば完璧な開業医だが、実は複雑な家庭環境で育ち、内面が歪んでいるというキャラクター。彼は一人娘に異常な愛情を注ぎ、他者を「低学歴」と蔑み、モンスターペアレントへと変貌していく。
二面性があり、かつ正と負の乖離具合が凄まじい役柄なのだが、およそ田中でなければ1本の映画の中で人物像がどんどんと変容するさまを、ここまで自然に構築できなかっただろう(土屋太鳳演じる妻に対してブチ切れ、罵声を浴びせるシーンがおぞましい)。
難易度の高い役を演じきった『ヒノマルソウル』
翻って、6月18日に公開予定の『ヒノマルソウル~舞台裏の英雄たち~』は、五輪代表に落選してしまったアスリート役。怪我の影響で長野オリンピックにおけるスキージャンプの日本代表に落選してしまった彼は、代表選手たちが安心・安全に競技に挑めるように働くテストジャンパーとして参加することになる。ただ、前回のリレハンメル五輪では日本代表選手だった彼は、理想とかけ離れた現実に心の整理が追い付かない。
映画は、「自分はこんなところにいる人間じゃない」という怒りを抱えた主人公が、スキージャンプ団体の金メダル獲得を陰で支える“舞台裏の英雄”へと成長していくさまを映し出す。
アスリートを演じるだけでも至難の業だが、本作は実話をベースにした物語。完全オリジナルの創作物とは違った種類のプレッシャーがのしかかってきたことだろう。さらに、地上約130メートルの高さにあるジャンプ台から滑り出すまでのモーションを自ら演じたそうで、非常に難易度の高い役どころだったことが推察される。そこに、前述したような「葛藤と苦悩、成長」の内面の演技が加わってくるわけで、並の役者であればつぶれてしまったのではないだろうか。
この“内面の演技”だが、本作で田中が演じた西方は決して聖人君子ではない。元・代表選手としてのプライドを持つがゆえに、他のテストジャンパーを格下とみなし、ぞんざいな態度をとってしまったり、代表入りした原田(濱津隆之)に激しい憎悪をぶつけたりする。観客に好かれようとする計算高いキャラクターとは真逆の、実に人間くさい人物なのだ。
もちろん、西方が屈辱を乗り越えてリーダーシップを発揮していく展開が後半にしっかり用意されているのだが、前半で観客に嫌われてしまったら、そこにたどり着くまでに求心力を失っているだろう。そうした意味でも、田中が“人間力”をいかんなく発揮したことで役を“K点超え”まで連れて行った功績は、非常に大きい。