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登録抹消は主砲の少しの気分転換くらいに思っていた

 まもなくして不振を苦にした中田選手は「チームに迷惑をかけたくない」と自ら申し出て1軍から姿を消した。5月17日、そこまで35試合に出場して打率.197、ホームランは4本、彼が何よりこだわる打点は11だった。栗山監督が就任して10年目、けが以外で中田選手が抹消されるのは初めてのことだった。

 調整は本人に任されたから、ファンはリアルタイムで中田選手がどこでどうしているのか全くわからなかった。ただ漠然と思っていたのは、調子のあがらない主力選手がいつもそうするように登録可能になる10日後には戻ってくるだろうということ。主砲の少しの気分転換くらいに思っていた。

 でもその日が来ても登録はなく、やっと姿が確認出来たのは6月に入ってのファーム戦、1軍の試合に出場したのは6月4日(金)からの東京ドーム・ジャイアンツとのカードからだった。このカード、3戦目はルーキーの伊藤大海投手がジャイアンツ・エースの菅野投手と投げ合った。伊藤投手は素晴らしい投球をし、その試合で中田選手は打点をあげた。それは中田選手にとって1か月ぶりの打点だった。

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 ベンチが総立ちになる、チームメイトが両手をあげて喜ぶ。苦しんでいるチームの柱に向かってみんなが手放しで喜べる瞬間が来た。幸せだった。あの試合は何としても勝たなければならない、というチームの魂を感じた。このまま最後まで中田選手とシーズンを駆け抜けるんだという喜びがあふれた。でも、この歓喜からたった2日後、私たちは膝から倒れこむ中田選手の姿を見ることになる。

中田翔の穴は中田翔しか埋められない

 6月8日のタイガース戦、ついに札幌ドームに大将が帰って来た。3回の攻撃、中田選手、サードゴロのシーンだった。ランナーが還ったからベンチもファンもまず沸き立った。そして中田選手に目を戻す、何が起きてるのかすっかりわからなくなる。ファーストを駆け抜けた瞬間、中田選手は膝から崩れ落ち、四つん這いになったまま立てなくなっていた。

 右手は腰に当てられ顔は上を向くことはない。何度もリプレイが映像で流れる。走塁時に腰を痛めたのか。苦痛の表情の大きな体を乗せた担架を運ぶ人は6人になり7人になり……そしてそのままベンチ裏に消えていった。

 あの瞬間から私たちは中田選手を見ていない。復帰してたった4試合目、また中田選手は私たちの目の前から消えてしまった。翌日チームから発表されたのは「急性腰痛、実戦復帰まで3週間の見通し」という情報だけ。どんな治療をしているのかも、どこにいるのかもわからない。

 慣れない毎日を私たちは送っている。中田翔の穴は中田翔しか埋められないと信じている。わざわざ私に「世代交代」なんて言ってくるひとを私は気づかれないように薄目で見返す。そんな簡単な言葉で今年を語ると後悔するんだから、そのくらいこの先はドラマティックなんだから、それを私たちは信じてるんだから。

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