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中田翔の穴は中田翔しか埋められない 慣れない日々と私の違和感

文春野球コラム ペナントレース2021

2021/06/24

 慣れない毎日を私たちは送っている。この違和感にどうも頭がついていかない。中田翔選手が今年は別の意味でファンの心を揺さぶっている。「抹消」という形で。

 思えばシーズン前からおかしかった。中田選手は調子のあがらない自分のバッティングを「ゴミ」と表現した。いくらなんでも「ゴミ」なんて……とファンは苦笑した。1年前は「レベチ」と言っていたから、その真逆ともいえる言葉の選択はリップサービスかと軽く考えていた。でもそんなことはなかったのだ、それほど調子の悪さは深刻だったのだ。

 思えばシーズンに入ってすぐもおかしかった。4月7日の札幌ドームのホークス戦で中田選手は自分の打席での不甲斐なさにベンチでバットを折り、途中交代させられた。その後に裏で転んだという。次の日、中田選手は右目を派手に腫れさせてグラウンドに現れる。瞼がかぶさっているくらいだから見えづらいだろうし、今までこんな状態で眼帯もせずに出てくる選手は見たことがない。転んだ、と聞かされてもファンはあれこれと気をもんだ。

中田翔

アリゾナで見たベンチ裏のタイヤを思い出した

 私はというとアメリカのアリゾナで見たタイヤを思い出していた。ファイターズが2016年から4年間、アリゾナ州で春のキャンプを行った際、私も現地を訪れた。その時、仕事の合間に、キャンプ地からも近いダイヤモンドバックスのスタジアム「チェースフィールド」のバックヤード見学ツアーに参加した。そこで印象に残っているのが、ベンチのすぐ裏、壁から突き出ている黒いタイヤだった。身長156センチの私の胸元くらいの高さにそれはあった。

©斉藤こずゑ

 ツアーは何の説明もなくそこを通り過ぎようとしたので、慌ててこちらからこれは何に使うのかと質問した。ダイヤモンドバックスの大ファンだというガイドボランティアのおじいさんは「そんなに珍しいかね??」とでも言いたげに少しめんどくさそうに説明をしてくれた。

 それは、ゲーム中にストレスをためた選手が裏に来て発散するために用意されたものだという。例えば、空振りの三振をした選手、打ち込まれて降板させられた投手……。大切なファンにはその姿は見せない、大切な道具にも当たらない、その代わりに用意されたタイヤ。でもずいぶんときれいだったので、そんなに使われる機会はないのかと聞いたら、「何年かごとにオフに付け替えるんだよ」とおじいさんは笑った。

 もちろん、札幌ドームの裏にはこんなものはない。それと同時に簡単につまずくような危険なところもないはずだ。どんな精神状態でどこで転んでしまうとあんなけがをするんだろう。バットを折る姿をファンに見せてしまったことへの反省のいら立ちもあっただろう。心配でたまらなくて、私たちは本当にあの時はいらない想像をたくさんしたのだ。