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 齋藤弁理士が解説する。

「訴訟が長引くほど、相対的に資本力のあるファーストリテイリング側が、特許実施料を支払うこととなった場合においても、交渉で有利になることが予想されます。ところで、アスタリスク側はこのセルフレジに関して特許出願を6つに分割しており、ファーストリテイリングはそのうち成立した特許5件のすべてに対して無効審判を請求しています。今回判決が出たのはその中の1つに過ぎないわけで、差止仮処分に関する裁判所の判断はこれからですが長期戦になる可能性もあります。その場合、アスタリスクはたとえ訴訟で勝ったとしてもダメージは残るでしょう。まさに“兵糧攻め”です」

 これについてはアスタリスクの鈴木社長も認めている。

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「こちらはこれまでに5000万から6000万円の裁判費用を使っていて、これが続けば億の単位に乗ることも考えられる。ウチの規模でこの金額は大き過ぎます。正直言って、最初からこんな金額になるとわかっていたらやらなかったかもしれない。でも、向こうにとっては痛くも痒くもない金額です。大きな資本があれば、裁判には勝てなくても損はしないようになっているんです」

「中小企業は育ちません」

 しかし、それがまかり通るのであれば、そもそも特許の意味がなくなってしまう。

「我々のような小さな会社は、新しい技術や新しいコンセプトを考えたら、商品を発表する前にまず特許を出願する。この特許が認められて初めて商売になるんです。なのに、資本に勝る大企業が、まるで弱い者いじめをするようにして特許を奪ったり、その価値を無くすようなことをしたのでは、中小企業は育ちません。いま日本では特許の無効審判は年に100件程度しかないので、この領域に詳しい弁護士も、それを経験している弁理士も少ない。少ないから費用は高くなるので、資本力の弱い会社は最初から戦うこともできないのが実情なのです」

 ファーストリテイリング側に問い合わせると、「現在係争中のため、弊社からのコメントは差し控えさせていただきます」という回答があった。

 さらに、「アスタリスクが開発したセルフレジをユニクロで導入した」という点について、「弊社は、アスタリスク社様の特許出願の内容が公開される以前から、外部お取引先様に委託して、現在使用しているセルフレジの開発を行っております。つきましては、弊社がアスタリスク社様の開発したセルフレジを導入した事実はございません」という意見が添えられた。

 鈴木社長はこう反論する。

「当社は2017年5月の製品発表時から『特許出願中』だとアピールし、ファーストリテイリングさんのコンペに参加した際も、特許の説明をしました。当社が特許を認められた後に、その存在を知っていながら店舗展開をされたわけです。そして5つもの無効審判を提起しておられる状態で、さらに、この発言をされる意図が理解できません。当初から感じていることですが、知的財産を正しく取り扱ってほしいです」

 確かに、そもそもアスタリスクのアイデアである特許を利用していないならば、アスタリスクの特許を無効だと主張する必要もないはずである。

 取材の最後に鈴木社長はこうつぶやいた。

「中小企業の特許が正当に扱われる社会になってほしい……」

 現時点で裁判に勝訴している側の言葉とは思えない。

 繰り返すが、鈴木氏はいまもファーストリテイリングを「好きな会社」だと言い、柳井社長を尊敬していると言い切る。

 カジュアル衣料品企業として世界一の時価総額を誇るファーストリテイリング。その経営陣、そこで働く従業員は、鈴木氏のこの言葉を聞いて、何を思うのだろう。

(取材・構成:長田昭二、撮影:山元茂樹/文藝春秋)