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1998年7月15日、ベイスターズ史上最高のバカ試合

 80年代では1988年5月28日阪神戦も象徴的。序盤から1対8まで点差を広げられるも、守備の男・石橋貢がまさかの3本塁打で8対8。最後は抑えの中山裕章が打たれ8対10で敗れるオチがついたが、わずか通算6本塁打の石橋の一世一代の猛打ぶりはバカ試合の記憶とともに留めておきたい。この時期は1989年8月13日阪神戦で9対10、1990年5月6日阪神戦で11対12、1991年5月22日阪神戦で9対12、同年9月6日阪神戦で10対8と、やたらと阪神戦でバカ試合が続いた。89年の試合では阪神のフィルダーがスタジアムレフト場外弾を放ち球場中が唖然としたのを覚えている人も多いだろう。

 90年代前半はヤクルト戦や広島戦でバカ試合が多かったし、まだ圧倒的存在ではなかった佐々木主浩が乱打戦を締めるべく9回に出てくるもあっさり打たれ、その裏逆転してサヨナラというパターンのバカ試合もいくつかあった。そして、2000年以降~DeNA時代に入り巨人戦でバカ試合が頻発する兆しがこの時代に見え始めるのだ。ベイスターズ初年度の1993年8月14日は3対11から最後は8対11まで持ち込み、1994年4月12日の試合は巨人が5対8の9回に8対8に追いつくも、その裏に前年まで横浜にいた屋鋪要が風雨の中ローズの打球を見失い9対8でサヨナラ勝ち。あの屋鋪が巨人のユニフォームを着て、長年守り慣れたスタジアムのセンターで転倒するシーンは色んな意味でショッキングだった。

 極めつけは1998年の7月15日。序盤から清原のホームランなどで0対7とリードされるも、2日前の中日戦で9回に6点差を追いついて引き分け(これも9対9のバカ試合)、前日もエラーを取り戻す石井琢朗涙のサヨナラ打で打ち勝ったマシンガン打線である。4回に単打ばかりの7連打で6対7とし、松井のホームランなどで7対9と突き放されるがすぐさま追いつき9対9。8回には高橋由に3ランを浴び9対12。その裏1点を返し、佐伯貴弘の放った打球はライトライナーで3アウトチェンジ。さすがにここまでか……と思いきや、ピッチャー槙原の投球がボークと判定されてまさかの打ち直し。九死に一生を得た26番は8球目を叩いてライトへの同点弾。12対12。茫然とする槙原にガッツポーズを繰り返す佐伯。9回を五十嵐英樹が抑えると、その裏2死2塁から波留敏夫がサヨナラ二塁打でサヨナラ勝ち。会見で「1か月分疲れた試合」「物の怪に取り憑かれたよう」と権藤監督が語った試合は38年ぶりの優勝に向かってさらにギアが入った瞬間であり、いまなお球団史上最高のバカ試合である。

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13対12の試合翌日1998年7月16日のスポニチ。“壮絶!劇的!ウルトラ!”“史上最高!! こんな試合見たことない”の文字が躍る ©黒田創

 2021年に話を戻すと、打ちまくって勝つしかないと思っていたベイスターズだが、この5連勝中、一転して先発投手がある程度抑えて勝てている。打線が好調なうちに課題の先発陣の調子が戻ったと見るべきか。ならば11対12、10対8のバカ試合も大いに意味があったということなのだろう。とりあえず今日の試合は先発上茶谷の復活と、今季巨人戦初勝利を願うばかりである。

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