「常連の方で、ただひとり連絡がなかったのが…」
スーツに平たい3ウェイバッグ。私の記憶にある宮本容疑者の出で立ちもそれだ。私は宮本容疑者をたびたび、ラブリッシュで見かけていた。いつも早い時間にひとりでやってきて、キーの外れた高い声で、アニメやアイドルグループ・嵐の曲を、ひとりで連続して歌っていた。
こうしたカラオケのできるバーやスナックなどで、他の客が曲を入れなくても、ひとりが独占して歌い続けるのはマナー違反だろう。まして、歌が下手なら余計に耳障りだ。
「事件後、お客様から心配の連絡が私のスマホにも200件以上ありました。常連の方で、ただひとり連絡がなかったのがヒロシさんでした」
「ラブリッシュ」で働いていた女性スタッフは、宮本容疑者がまゆさんに向ける視線に一方的な好意が含まれることに気付いていた。
「見た目は普通のサラリーマン。こういうお店には少し不似合いな印象を受けていました。そういう人がお店にやってきては『これ、まゆに』とお土産を渡していた。店内で口説くようなことはさすがになかったけど『好きなんやな』とはみんなが思っていました。ただ、そういう男性はヒロシさんだけだったかというと、そうじゃない。とにかく、まゆさんのファンは多かったです」
スタッフの中で話題になっていたのは、宮本容疑者が持ってきていたお土産の“中身”だ。
「まゆさんは甘いものが苦手だったんです」
常連客だった私も一度だけ、山形から大阪に向かった際、お土産でさくらんぼを使った洋菓子を持って行ったことがある。一口食べながら「実は甘いものが得意ではなく……」と恐縮されたことを覚えている。そして、「みなさんにお配りしてもいいですか」と、常連客に配ってあげていた。
「そんなまゆさんに、ヒロシさんはショートケーキ、チョコレート、クッキーなど、甘いお菓子ばかり買ってきていました。まゆさんに『甘いものは苦手だと伝えたらどうですか』というと、『言ったんですけど、甘いものを好きになって欲しいから持ってくるんだ』って……」
左手の薬指には指輪が
店内での宮本容疑者は、もの静かにいいちこの薄い水割りを飲み続け、他の客と積極的にからもうとはしなかった。無論、それはカラオケを歌っていない時間だけだ。
「昔は週に1回ぐらい。1時間だけ飲んで、さっと帰って行くことが多かった。頻繁に通うようになったのは、コロナが流行りだしてからだと思います。緊急事態宣言とかで、お客様ガクッとが減ったじゃないですか。そうした時期にお店に来ると、人気のまゆさんと長い時間、話すことができるんです。その頃から来店の頻度がどんどん増え、滞在時間も延びていきました」
逮捕前に有力な容疑者としてメディアの間で出回っていた宮本浩志容疑者の写真には、左手の薬指に指輪がはめられていた。一方的に思いを寄せて凶行に及んだとされる犯人が、妻帯者だったことが明らかになれば、この事件の見方は大きく変わっていく――そんな気がしていた。