画面全体がしんとして静かな印象なのは、そこに人が写っていないからか。張り詰めた空気と、親密な感情も同居している。室内を撮影したシンプルな写真作品が少々並ぶだけ。なのに強く目が惹きつけられて抜け出せない。そんな展覧会が、東京恵比寿の書店「POST」に併設されたギャラリーで開催中だ。「Saul Leiter by François Halard」展。
ニューヨークで写真家のアトリエを被写体に
直訳すれば「フランソワ・アラールによるソール・ライター」展となる。長らくニューヨークのアート・ファッションシーンで活躍した写真家がソール・ライター。先ごろ没した彼のアトリエを、こちらも写真家のフランソワ・アラールが写真に収めた。その作品が写真集としてまとめられ、プリント付きの日本限定スペシャルエディションも発売となるのを機に、展示も企画されたというわけだ。
フランソワ・アラールは、著名なアーティストのアトリエを撮影した作品で知られる。サイ・トゥオンブリー、ルイジ・ギッリ、ルイーズ・ブルジョア、リチャード・アヴェドン……。世界的に名の知れた錚々たる面々。そこに新しくソール・ライターが加わったのには、幸運と尽きせぬ情熱があったという。展示に合わせて来日した本人に話を聞いた。
「ソール・ライターのアトリエは、運よく伝手があって撮ることができました。私もニューヨークに住んでいるのですが、友人がライターの隣の部屋に住んでいて、彼のアトリエを購入したという。それで、撮影しては? と声をかけてもらったんです」
カメラを手に部屋を訪れてみると、そこに漂う特別な空気に打たれた。
「アトリエに足を踏み入れた瞬間、ソールの作品が身の内側に流れ込んでくるような感覚がありました。そこかしこに、彼の痕跡と気配が見出せたのです。もともと私は生前のソールの仕事が大好きで、親近感を抱いていた。撮影を進めるごとに、彼の息づかいを近く、強く感じました。写真を撮るとは、愛する人をより身近に感じ取っていく作業なのだと改めて思いましたね」
相手を想いながら撮っていくと、部屋のいろんな細部に意味を見出せて、あちらこちらに目がいった。
「ソール・ライターの場合、真っ先に窓に惹かれて撮りました。彼の作品でも窓はよくモチーフになっていたので。彼は窓を通して、その先に広がる世界や人の営みを描き出そうとしていたのでしょうね」
美の宿るところを撮りたい
誰かが住んでいた部屋を覗いてみたい。そんな欲求が湧くのはよく理解できるところ。なかでもとりわけ、アーティストの部屋を被写体にするのはなぜだろうか。
「美しいものに囲まれて私は生きていたいからです。美の存在は、人の生活をよりよくします。美を専門に扱う人たち、それがアーティストです。残念ながら世の中は、美しいもので埋めつくされているわけじゃない。だからこそ私はアーティストのもとへ赴き、美を探し当てて、私の写真を観てくれる方とシェアしたい。そう思っています」
小さいギャラリーに身を置いて、親密な静けさに満ちたフランソワ・アラールの世界に浸ってみたい。