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2021/07/17

「僕らの時代は肩に力が入りまくってた」

――ここ数年、第7世代と呼ばれる若手芸人の活躍も見られます。森脇さんは、今のお笑いやバラエティ番組をどのようにご覧になっていますか?

森脇 今のお笑い番組は我々の時代からガラリと変わったなと感じます。ひな壇に座っているタレントさんは頭の回転が早いし、チームワークもいい。素晴らしいと思いますね。

――現在のバラエティ番組と90年代のバラエティ番組とでは何が決定的に違うと思いますか? 

森脇 90年代に関西で活動していたお笑い芸人って、「まずは大阪で売れないと東京進出はない」という意識でやっていたと思うんです。実際、関西という激戦区で勝ち上がらないと、箱根の山を越える切符は手にできませんでしたから。つまり、大阪と東京で2回売れないといけない。だから、東京進出にあたって、今度は「東京の芸人に負けるわけにはいかない」という気持ちも湧いてくる。激戦区を勝ってやってきたって自負もありますからね。僕らの時代は肩に力が入りまくってたんです。一番違うのは、そこだと思います。

聖火ランナーを務めた森脇(2021年4月13日) ©時事通信社

“走る”ってことだけはやめなかった

――若手の頃に共演が多かった山田雅人さんは、今はひとり語りの舞台で活躍する“語り師”として、独自の活動を続けています。

森脇 素晴らしいと思います。自分で道を切り開いて居場所を持ったっていうのは、なかなかできることじゃないです。そういう意味では、山田さんも天才やと思いますよ。60歳でいまだに芸能界で活躍しているわけですからね。

――一方、森脇さんは『オールスター感謝祭』(TBS系)の「赤坂ミニマラソン」はもちろん、東名阪の地方局で放映された北海道から沖縄まで走るドキュメンタリーバラエティ『走る男』シリーズなど「走る」仕事をきっかけに再び活躍されています。

森脇 “走る”ってことだけはやめなかったんですよね。ずっと走っている中で、たまたま2003年の秋に『オールスター感謝祭』の「赤坂ミニマラソン」に呼んでいただきました。そこで優勝させてもらった時に、芸能界で生きる自分の道は「ここかもしれない」とひらめいたんです。

「走る男FAINAL」のゴールシーン(所属事務所提供)

 そこからはボクシングをやめて、高校時代からやっていた陸上競技をもう一度やり直そうと、毎日練習しました。ただ、この世界は甘くはなくて、「走る仕事」が来るようになったのは、この5、6年ですよ。2007年に東京マラソンが始まって、そこから大阪マラソンとか全国的にも開催されるようになって、たまたま時代がきた。だから仕事がものすごく楽しいし、今が一番幸せを感じます。

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