ダーウィンの唱えた自然淘汰説や、ドーキンスの執筆した『利己的な遺伝子』など、近代は“性悪説”を前提としてきた。その暗い人間観に疑問を持ったのがオランダの歴史家、ルトガー・ブレグマンだ。ブレグマン氏の著書『Humankind 希望の歴史 人類が善き未来をつくるための18章上・下』をもとに、スタンフォード大の囚人実験の真実について紹介する。(全2回の1回。後編を読む)
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ショッキングな「スタンフォード監獄実験」
「普通の人間は、たやすく邪悪な存在に変わりうる」
世の中に流布するこのような性悪説的な人間観を、長らく裏付けてきたエビデンスがある。1971年、米国スタンフォード大で行われた有名な心理学実験「スタンフォード監獄実験」だ。
その内容はこうだ。普通の人々を集めて、被験者を看守役と囚人役に分ける。すると看守役は、囚人役に対して虐待を行うようになる。われわれ人間は、置かれた状況や役割によって、誰しも凶悪な行動を取ることができるのだ。
実験から導き出される結論はあまりにショッキングで、なぜナチが悪を行ったかの説明根拠としても引用されているほどだ。
だが、果たしてこれらは本当なのだろうか。
まずは「スタンフォード監獄実験」について、「従来の教科書通りに」振り返ってみよう(実際、この実験は心理学の教科書に載っている)。
実験の責任者はスタンフォード大学のフィリップ・ジンバルドという心理学者。被験者として募集されたのは、ごく普通で健康な若者たち。小遣い稼ぎのために応募したという。被験者として登録される際に何人かは、自分は平和主義者である、とすら書いていた。
実験場所は、同大心理学部の地下室。「スタンフォード郡監獄」との表示が掲げられた。被験者は看守役と囚人役に分けられた。
看守役は制服を着て、目の動きが相手に見えないようサングラスをかけた。
一方、囚人役は、服を脱がされ、手錠、足錠をかけられ、ナイロンストッキングの帽子をかぶらされた。そして、割り当てられた数字で呼ばれ、一部屋に3人入れられた。
さらには、点呼と称して午前2時半と午前6時に起こすという厳しいスケジュールを課す、罰として腕立て伏せをさせる、毛布を植物の棘だらけにする、独房に入れるということも行われた。これらのサディスティックなルールは、看守たちが“自主的に”考え出したとされている。