ダーウィンの唱えた自然淘汰説や、ドーキンスの執筆した『利己的な遺伝子』など、近代は“性悪説”を前提としてきた。その暗い人間観に疑問を持ったのがオランダの歴史家、ルトガー・ブレグマンだ。ブレグマン氏の著書『Humankind 希望の歴史 人類が善き未来をつくるための18章上・下』をもとに、スタンフォード大の囚人実験の真実について紹介する。(全2回の2回。前編を読む)
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スタンフォード監獄実験はねつ造だったのか?
「平凡な学生の一団が、たやすく怪物に変わってしまった」ということを示して衝撃を与えたスタンフォード監獄実験。この実験がねつ造だったとされる根拠のひとつが、2007年に刊行された実験責任者ジンバルドの自著に書かれている記述だ。
ジンバルドは「看守たちは“自発的に”サディストになった」と、数多くのインタビューで答えてきた。だがこの記述によると、実際は違ったようだ。「囚人を数字で呼ぶ」「サングラスをかける」「サディスティックなゲームをさせる」。これらは、看守たちが考案したのではなく、ジンバルドが指示したのだという。
さらに2013年、フランスの社会学者ティボー・ル・テクシエが実験の記録調査に乗り出した(驚くべきことに、スタンフォード大学でジンバルドの資料を調べたのは彼が初めてだったという。それまで誰も、一次情報に当たって調べたことがなかったのだ)。そこで判明した事実はあまりに衝撃的だった。
実験の発案者は学生だった
まずそもそも、この実験を思いついたのはジンバルドではなく、ジャッフェという修士課程の学生だった。サディスティックな側面を持つジャッフェは、まずはスタンフォード監獄実験のテスト版に当たるミニ実験を行い、ジンバルドの興味をひいた。ジンバルドはジェッフェを研究助手として雇い、こう命じた。「優れたサディストとしての経験をもとに戦術を提案しなさい」。
実際のところ、17のルールのうち11のルールはジェッフェが考えたものだ。「足に鎖をつける」「囚人を裸にする」「15分間、裸で立たせる」などだ。ジンバルドは「午前2時半と午前6時に起こす」「囚人に腕立て伏せをさせる」「囚人の毛布を植物の棘だらけにする」などを思いついた。当時の録音テープからは、実験のあいだじゅう、ジンバルドとジャッフェは、囚人をもっと厳しく扱うよう、看守へプレッシャーをかけていたことが判明した。