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脳挫傷に記憶障害…自転車レースの大事故から驚異の回復をとげた杉浦佳子が金メダル候補になるまで

東京パラリンピック・自転車競技インタビュー #1

2021/08/25
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大事故を機に始まった“新しい一生”

 事故の前後で変わったことのひとつに「時間の長さ」がある。杉浦は言う。

「障害を負ってから、たぶん脳が子どもなんですよ。子どものころって、一日がすごく長く感じましたよね。いま、そんな感じなんです。だから薬剤師だったころの記憶がはるか昔のことのようで……。こうして自転車に乗っているのがいまの人生で、あれは前世みたいな。まったく違う人なんです」

 

 一命を取り留めた大事故を機に生まれ変わった。新しい一生は、まだ始まって5年ほど。長い一日を練習につぎ込んで、5歳の子どもみたいに、ぐんぐん成長している。

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 たとえば、パラリンピックの延期によって生じた1年間。その間に50歳の誕生日がやってきたが、自分でも驚くほどにタイムを縮めた。

「去年は4分を切れなかったトラックの練習メニューがあるんですけど、今日は3分48秒でした。トラックは1秒2秒がなかなか縮まらないっていうのに、10秒以上も。すごいなって自分でも思います。この歳でこんなに成長すると思っていなかったので」

 できることが日に日に増えていく。「毎日が子どもみたいに楽しい」と杉浦は笑みを見せる。

 

自信はないけれど…コーチの言葉で「だったらいける」

 まだまだ成長期の真っただ中、初めてのパラリンピックに挑む。その話題になると、急に弱気な言葉を並べた。

「ほんと『ごめんなさい!』って感じです。先に謝りたい。いろいろな方にサポートしていただいてここまで来たんですけど、メダルを獲れる自信もないので。……ね、暗いでしょ?」

 レースだ、大舞台だと意識すると、自信は消し飛ぶ。でも、考え方をちょっと変えると、なんだかやれそうな気がしてくる。

 

「『レースは怖いから嫌だ』ってコーチに言ってたら、『いつものメニューだと思いな』って言われたんです。1周目は26秒0プラスマイナス0.5秒で入って、2周目からは19秒5。最後、上げられたら19秒0。それで走ってくればいいからって。そう言われて『そうか、レースもメニューか。だったらいける』って気持ちになりました」

 パラリンピックでは、トラックとロードの両方に出場予定だ。伸び盛りの少女時代に戻って、無欲でペダルを踏む。

写真=杉山秀樹/文藝春秋

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