大事故を機に始まった“新しい一生”
事故の前後で変わったことのひとつに「時間の長さ」がある。杉浦は言う。
「障害を負ってから、たぶん脳が子どもなんですよ。子どものころって、一日がすごく長く感じましたよね。いま、そんな感じなんです。だから薬剤師だったころの記憶がはるか昔のことのようで……。こうして自転車に乗っているのがいまの人生で、あれは前世みたいな。まったく違う人なんです」
一命を取り留めた大事故を機に生まれ変わった。新しい一生は、まだ始まって5年ほど。長い一日を練習につぎ込んで、5歳の子どもみたいに、ぐんぐん成長している。
たとえば、パラリンピックの延期によって生じた1年間。その間に50歳の誕生日がやってきたが、自分でも驚くほどにタイムを縮めた。
「去年は4分を切れなかったトラックの練習メニューがあるんですけど、今日は3分48秒でした。トラックは1秒2秒がなかなか縮まらないっていうのに、10秒以上も。すごいなって自分でも思います。この歳でこんなに成長すると思っていなかったので」
できることが日に日に増えていく。「毎日が子どもみたいに楽しい」と杉浦は笑みを見せる。
自信はないけれど…コーチの言葉で「だったらいける」
まだまだ成長期の真っただ中、初めてのパラリンピックに挑む。その話題になると、急に弱気な言葉を並べた。
「ほんと『ごめんなさい!』って感じです。先に謝りたい。いろいろな方にサポートしていただいてここまで来たんですけど、メダルを獲れる自信もないので。……ね、暗いでしょ?」
レースだ、大舞台だと意識すると、自信は消し飛ぶ。でも、考え方をちょっと変えると、なんだかやれそうな気がしてくる。
「『レースは怖いから嫌だ』ってコーチに言ってたら、『いつものメニューだと思いな』って言われたんです。1周目は26秒0プラスマイナス0.5秒で入って、2周目からは19秒5。最後、上げられたら19秒0。それで走ってくればいいからって。そう言われて『そうか、レースもメニューか。だったらいける』って気持ちになりました」
パラリンピックでは、トラックとロードの両方に出場予定だ。伸び盛りの少女時代に戻って、無欲でペダルを踏む。
写真=杉山秀樹/文藝春秋
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