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「矢口、まずは君が落ち着け」秘話

松尾 もともと、台本になかったシーンですからね。A4用紙に書かれた「差し込み」を直前にもらって、ワーッと激昂している矢口をなだめて「まずは君が落ち着け」と水を差し出してくれ、と指示をもらったんです。ただ、長谷川くんの演技もかなりの激昂ぶりだったんで、これはただ水を渡しても落ち着かんだろうと。それで、リハーサルで水を放り投げてみたんですよ。それなら「ハッ!」ってなって、自然と落ち着いた演技に持っていけるかなと。

樋口 ところが、本気で怒った演技をしているから、長谷川さんがその水に気がつかないのね。

松尾 ペットボトルがそのままボーンって当たって。「何やってんだ!」ってむしろもっと怒らせちゃった(笑)。それで本番は、胸にドンとやって水を渡す方法にしたんです。

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樋口 見ていて、「松尾さんは見事に場面を持ってくなあ」って思いました。

松尾 いやいや……。僕としては、矢口の秘書官・志村(祐介)役の高良健吾くんに、ねぎらいを込めて水を渡すほうが演技としては重要だと思ってました。泉は政治家としての計算なのかわからないけれど、下の人間、周りに常に気を配っているという人間像にしたかったんですよ。そこは結局、映んなかったんですけど。

樋口 長谷川くんが激昂して、高良くんが秘書官としてシュンとした感じを見逃さないという、幹事長を目指すものとしての、振る舞いですよね。そして、泉のあの泰然とした存在感は、そのあと万能感を伴っていく……。

松尾 ああ、「フランス政府にパイプがある。裏で交渉してみるよ」と泉が動くシーンですね。あれもたまたま僕にセリフが回って来たんですけど、「え、泉ってなんでもできるんだな」ってさすがに思いました(笑)。

「あの、成さん、怒らないでください」

樋口 困ったらもう、とにかく泉にセリフを振っちゃった。それこそ、総理臨時代理役の平泉成さんと対峙するシーンあたりから、異様な万能感が出始めましたよね。話の設定的に無理目なセリフとかも、泉に言わせれば通っちゃうみたいな。

松尾 「ですが、総理。自国の利益のために他国に犠牲を強いるのは、覇道です」と(平泉)成さんに迫るシーンは印象に残っています。本番では成さんが穏やかに「そんなことはわかってるよ、泉ちゃんだって我が国の立場、わかってるだろ」と嘆息していますけど、テストの時は、あの成さんまでが激昂演技でしたよね。成さんがそう来るなら、こっちはあえて冷静な演技で泉らしい万能感全開でいこうと決めてたんですけど、樋口さんから「あの、成さん、怒らないでください」って指示が入って。

樋口 そうそう。実は、あの場面の直前に、日米首脳電話会談のシーン、成さんと嶋田久作さんが同席するシーンを撮ってたんですよ。嶋田さんが台本読んでアメリカのひどい要求にいろいろ思うことがあったんでしょう、本番で机を思いっきり叩いて「この内容は酷すぎますっ!!」って激昂してくださったんだけど、そのテンションに成さんが当てられちゃったんだと思う(笑)。

松尾 あ、そうだったんですか。

樋口 密室でやってるとそういうテンションが伝染して面白いんですけどね。

 

松尾 成さん関連のシーンはいろいろ思い出がありますね。矢口プランを承認してもらうあの場面で、竹野内さんが成さんの後ろから「総理、そろそろ好きにされてはいかがでしょう」って語りかけるじゃないですか。あれを目の前にして、「ああ、総理は赤坂の言うことは聞くんだな」って腹の底から思って僕、「チッ」って顔してるんですけど、その顔も映ってなかったですね(笑)。

樋口 とにかく、この映画で最大の誤算は泉修一がこんなに注目されることになったこと。脚本を作っているときに、長谷川さんと高良くんの組み合わせを考えながら、「これはもう、ファンのみなさん、思い思いのストーリーを二次創作してください!」って考えていたんです。労をねぎらう感じで高良くんの肩を長谷川さんがポンと叩いてあげる場面とか、できる限り盛り込もうとしたんですよ。ところが、そこには全然引っかかんなかったんですよね。まさかの泉修一、水ドンがブレイク。

松尾 いやホントに、思いもよらないことでしたけど、格別においしい水にはなりました。

 

◆#2 なぜ日本で大ヒットして、スペインで野次られたのか? http://bunshun.jp/articles/-/4887 につづく&

写真=鈴木七絵/文藝春秋

ひぐち・しんじ/1965年東京生まれ。高校卒業後『ゴジラ』(84年/橋本幸治監督)で特殊造形に携わったことがきっかけで、映画界に入る。その後“平成ガメラシリーズ”で特撮監督を務めたほか、『日本沈没』(06)、『のぼうの城』(12)、『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN 前後篇』(15)などの監督作品がある。

まつお・さとる/1975年兵庫県生まれ。映画・ドラマで存在感ある脇役として活躍中。出演映画作品に『テルマエ・ロマエ』、ドラマ作品に『最後から二番目の恋』『デート』『ひよっこ』など多数。