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「泣きそうになったけど、牧田がちょっと笑ってきてくれた」

「正直、何回も泣きそうになってたんですけど、堪えたっていうか……。でも打席で牧田が(マウンドから)ちょっと笑ってきてくれたから、楽しもうっていうふうな気持ちにさせてもらって。けっこう緊張してたから(笑)。そこですごい吹っ切れて、何かいつも通りの自分にさせてもらえたなというふうに思ってます」

 牧田の初球は外角へのストライク。2球目のストレートを雄平が強振すると、これまでに何度も見てきたようなファウルになってカウントは0-2。3球目も持ち前のフルスイングで打ちにいくも、インハイのストレートに空振り三振。「雄平スマイル」を浮かべながらヘルメットを脱ぎ、2度お辞儀をして“最後”の打席を終えた。その姿に、隣の女性は涙ぐんでいた。

「結果を気にしないで(打席に)立ったのは、人生で初めてだったんで。そういった意味の何とも言えない緊張感ってのはすごくありました。もうホントに思いっきり振ろうってだけ思ってて、ホントに気持ちを込めてスイングしました。見逃し三振だけはしたくなかったんで、ドンドン振っていくのが僕のスタイルなんで、最後までそれは貫けたかなと思います」

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 割れんばかりの拍手に送られてベンチに下がった雄平だが、これで終わりではない。8回裏に代打で登場したのは、打席の後で守備に就くためだ。二軍暮らしに終始した今季はレフトもセンターも守ったが、“最後”はもちろん定位置のライト。9回1死から楽天・田中和基の打球がそのライトに飛ぶと、これをグラブに収めてまたも笑顔を見せた。

 試合が終わっても主役の出番は続く。チーム最終戦セレモニーの終わりに、自主トレを共にしてきた大村孟、松本直樹、太田賢吾、松本友の「雄平組」から花束を贈られ、そこからナインに囲まれて5回の胴上げ。最後は三塁側の楽天ベンチに向かうと、三木二軍監督とガッチリと握手し、牧田ともハグを交わした。

「同級生の牧田と最後に対戦できて、ホントに感慨深いというか。たまたまこういう場で、37歳の同級生が対戦相手にいるっていうのもなかなかないですし、ホントに最高の引退試合をさせていただいたなと思います」

涙ぐんでいた女性が声をかけ……

 試合後のミーティングが終わって囲み取材に入る直前、雄平に声をかけた女性がいた。筆者の隣で涙ぐんでいた女性である。雄平に聞くと高校時代の先生だという。おそらく泣いていたのは彼女だけではなかっただろう。だが、雄平自身に涙はなかった。

「今日に関してはやっぱりファンの皆さんに自分の姿を、最後に感謝の気持ちを込めて見せるっていう、それだけのために出させてもらった試合だと思ってて。だからそこで泣いても笑ってもいいと思うんですけど、ホントに一生懸命やった姿を見せたいなと思っただけなんです」

 そう話す雄平を見ながら考えていたのは、「ここが神宮だったら……」ということだ。

「夢の世界なんですよ、神宮は」ホームグラウンドへの思い

「夢の世界なんですよ、神宮は」

 雄平は以前、昨年9月6日の中日戦を最後に遠ざかっているホームグラウンドへの思いを、そんなふうに話したことがある。その「夢の世界」に、ついに戻ることはできなかった──。

 いや、まだ可能性はある。ヤクルトの優勝が1日でも早く決まれば、必ずや神宮で雄平の引退試合が行われるはずだ。今は6年ぶりの優勝はもちろん、雄平がもう一度「夢の世界」に立つことを願いながら、マジックナンバーが減るのを楽しみにしている。それは何も筆者だけではないはずだ。

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