昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

「僕らは絶対大丈夫」言葉という武器とともに高津臣吾監督は頂きに上がる

文春野球コラム ペナントレース2021

2021/09/30

「高津臣吾と言葉」を考える

 高津臣吾監督は「言葉の人」である――。これまでの取材経験を通じて感じていたことだった。監督就任以前に何度かインタビューの機会を得た。昨年、一軍監督に就任してからは毎月定期的に話を聞いている。これまで、多くの野球人にインタビューしてきたけれど、高津監督は群を抜いて頭の回転が速い。一瞬で質問の意図を察し、ときにユーモアを交えながら自身の考えていることを言葉にする。

 ペナントレース中のインタビューのため、作戦や戦術に関すること、選手のコンディションについては答えられないことも多々あるはずだ。それでも、言外にヒントを匂わせたり、微妙なニュアンスを表現したり、「なるほど、そういうことなのか」と取材者に気づきを与えてくれることはしばしばある。

 改めて「高津臣吾と言葉」を考える契機となったのが、野村克也の急逝を受けて、昨年発行された『Number PLUS』でのインタビューだった。緊急追悼号の様相も呈していたこの一冊は「野村克也と名将の言葉学。」と題されていた。この号において、就任したばかりの高津監督にインタビューをした。恩師の言葉について、彼はこんな発言をしている。

 野村監督は本当に言葉を大切にしていた方でした。僕のようにペラペラとしゃべるのではなく、別に意識しているわけでもないのに、聞いている人をグイグイ惹き込む魅力がありました。その内容もとても深くて、「えっ、どういうこと?」「それで、どうなるの?」と、聞く側をすぐに夢中にさせました。自分も監督となった今、野村さんのように言葉を大切にして、選手たちと接したいと思います。

 このとき、高津監督は「言葉を大切にして、選手たちと接したい」と明言している。さらに、こんな言葉も口にしている。

「言葉は武器だ」と、改めて痛感します。言葉一つで人をやる気にさせたり、逆にやる気を失わせたりもできます。軽はずみなひと言が人を傷つけ、思わぬ事態を招くこともあります。もちろん、ほんのひと言が人生を好転させるきっかけにもなります。今から思えば、野村監督の言葉はいつも「答え」ではなく、「問い」でした。

 インタビュー冒頭で「今回は野村監督の言葉について伺いたいと思います」と告げていた。以降、高津監督の発言は取材趣旨からまったくブレることがなかった。インタビュアーとして、こんなに助かるインタビュイーはそうはいない。言いよどみもない。口にする段階ですでに言葉が整理されている人ならではの受け答えだった。

高津臣吾監督

ファンに対して、心のこもった直筆メッセージ

 そして、「野村の言葉」に対する思い出を振り返った後に、監督就任初年度ならではの意気込みを口にする。

 (野村監督は)選手に問題を投げかけることで、自分たちで答えを探すように仕向けていました。必死に答えを探したからこそ、僕の野球人生は幸せなものとなりました。もちろん、誰に対しても同じやり方が通用するとは限らないけど、自分も監督となった以上は選手たちにいい気づきを与えられるような「問い」を投げかけるつもりです。

 生前、「監督とは気づかせ屋だ」と語っていた野村同様、高津もまた「選手たちにいい気づきを与え」たいとの思いを強く持っている。このときのインタビュー音源を改めて聞いてみる。やはり、ほれぼれするような受け答えだ。繰り返しになるけれど、ここまで言語明瞭で、その発言に深い意味のこもった野球人は珍しい。

 振り返れば、昨年春、新型コロナウイルスにより開幕が延期となったときも、高津監督はファンに向けて直筆メッセージをしたためている。そこには「プロ野球は必ず開幕します。その日が来るのを楽しみに、しっかり気持ちを充電しておいて下さい」と達筆な文字でコロナ禍にいるファンに勇気を与えた。

 あるいは、ようやく開幕を翌日に控えた昨年6月18日にも、「スワローズファンのみなさん」と題して直筆メッセージを送っている。そこには、開幕スタメンオーダーが並べられ、「さあ野球を楽しもう!!」と大きく書かれていた。こんなところにも、選手に対してだけでなく、ファンに対しても、言葉を大切にする人――高津臣吾の人となりがよく表れているのではないか?