今月は「買った本」の中から若い世代へ向けて書かれた作品、及び若い世代を描いた作品をピックアップしてみた。この種の本の良さは親子一緒に楽しめるところにもある。共通の読書を子供とのコミュニケーションに役立てているという声は意外と多い。
十五歳を〈若い人間として生きられる、これが最後の一年だ〉と捉えている少女・小春を主人公とした『望むのは』は、とりわけ若い読者の感想を聞いてみたい一冊だ。十五歳を三回くりかえしてもお釣りがくるほど生きてしまった私ですらも、心を揺さぶられずにはいられない刺激的な読書だったから。自分の少女時代を思い出すというよりは、当時の瞳に映っていた世界の在り方そのものをパシンと突きつけられた思いがした。
十五歳にとっていかに世界が混沌としたまとまりのないものであるか。万物の輪郭がいかにめまぐるしく移ろっていくか。それをセンスや感性といった曖昧なものではなく、息を呑むほど正確な描写力をもって作者は象っていく。色と光に織りなされ、一秒ごとに模様を変える十五歳の日々。そこには「切ない」「甘酸っぱい」等では済まされない迫力に満ちた切実さがあって、その最も大人にわかってもらいづらかった部分を、今、大人になって再び取りもどした。そんな読書だった。作品世界の要所要所に配置されている人間以外のキャラクターたちも愛すべき魅力に満ちている。
〈(本文139頁より)小春は首を横に振り、ハンカチを目に押し当てながら、毛むくじゃらの腕が自分を抱く遅さに、その優しすぎる力加減に腹を立てた。幼いままでいることがなぜ許されないのか、小春には本当にわからなかった。それなのになぜ、すぐに強くなれないのか。〉
大人も子供も関係なしに語り継がれ、読み継がれるべきテーマの一つに「戦争」がある。ホロコーストの犠牲者である作者の綴った『いのちは贈りもの』には、最悪の極限状態に於ける人間のあられもない真実の姿が焼きつけられている。
ユダヤ人であるが故に強制収容所を転々とさせられた少女の六年間の記録。差別。暴力。飢餓。病。死。子供にとってはわけのわからないそれらを、少女は理解しようと努めるのではなく、ただただ瞳を見開いて見つめる。心身の限界を超えた人間がいかに自分本位に人と争い、弱者を蹴落とすのか。その一方で、糞尿に塗れた地獄絵図の中で、自らもぎりぎりの窮地にある人々が他者を助けるためにいかなる神々しさを放ち得るのか。安穏な日々の中では触れることのできない人間の本性は、読む者に世界への畏れを求める。謙虚さを求める。慎重さを求める。いずれも安穏な日々を手放さないために必要なものだ。
〈(本文164頁より)なんでもないようなことや、スープのことなどで、ときには女どうし、つかみあいのけんかになることもあった。でも、そこでおしまい。その場だけ。
収容所の女の人たちは、自分自身ではなく、自分の子どもたちを守って生きていた。〉
童話集『うっかりの玉』は親子に限らず、三代に亘って楽しめる一冊かもしれない。子供向けの易しい言葉で紡がれた六つの物語は、いずれも主人公がおばあちゃんやおじいちゃん。年齢を重ねた彼らの緩やかな世界には、不思議な力を持つバナナや、働き者のクマが違和感なしに共存する。闇雲に忙しい中年期の後、ぽつぽつと滴るように優しいこのような時間が待っているとしたら、老いもそれほど悪くはないと思わせてくれる。
〈(本文56頁より)おや? これは、どこかできいたことのある声。よく見ると、りっぱに咲いた芍薬のまんなかに、ちいさい、ちいさい、おばあちゃんがいます。
「あれえ、ばあば。このあいだ、死んだよねえ?」
「はい、はい。ぽっくり、ぽっくり」〉
01.『望むのは』古谷田奈月 新潮社 1500円+税
02.『いのちは贈りもの ホロコーストを生きのびて』フランシーヌ・クリストフ著 河野万里子訳 岩崎書店 1600円+税
03.『うっかりの玉』大久保雨咲著 陣崎草子絵 講談社 1300円+税
04.『私の名前はルーシー・バートン』エリザベス・ストラウト著 小川高義訳 早川書房 1800円+税
05.『心中旅行』花村萬月 光文社 1800円+税
06.『私たちの星で』梨木香歩/師岡カリーマ・エルサムニー 岩波書店 1400円+税
07.『きょうの日は、さようなら』石田香織 河出書房新社 1400円+税
08.『声をかける』高石宏輔 晶文社 1700円+税
09.『砂上』桜木紫乃 角川書店 1500円+税
10.『Ank: a mirroring ape』佐藤究 講談社 1700円+税