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「文学部はひどい状態だった」集団リンチで死亡した学生の通夜で早稲田大学総長が放った“無責任すぎる”言葉とは

『彼は早稲田で死んだ 大学構内リンチ殺人事件の永遠』より #2

2021/11/05

source : ノンフィクション出版

genre : ニュース, 社会, 教育, 歴史

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立証されないスパイ行為

 第一文学部自治会の田中委員長は、事件の2日後から連日続いた一般の学生たちの抗議集会に出席して、「川口君のスパイ行為の事実を完全に立証し、裏付ける川口君の書いたメモを証拠物件として把握しているが、権力との緊張関係と高度の政治力学における特殊な問題なので、公開できない」と説明していた。それに対して、学生たちは「証拠があるなら、それを見せろ!」と追及していた。

 田中委員長は毎日新聞の取材にも応じ、こう語っている。

「――川口君は君らに自己批判を要求されるようなことを本当にやっていたのか。

 

田中 われわれの調査で彼が新宿区のアジトに出入りし、一定の人とも接触していたことがはっきりしている。(中略)しかし母親の心情を考え、また“左翼仁義”からも、これ以上明らかにするのは控えたい。」

 

「――川口君のお母さんにあやまったといったが、その具体的な誠意として殺害犯人を自首させるつもりはないか。

 

田中 考えていない。自首は権力との闘いに敗れたことになり、自己批判をした意味がなくなる。」(11月22日付 朝刊)

 私は、この記事の中の「母親の心情」「左翼仁義」という言葉に強い違和感を持った。

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「真実を話せば、母親の気持ちを傷つける。左翼の世界の仁義にも反する」という意味合いでの言葉であろうが、それ以前に田中委員長は、川口君がスパイであったという証拠を開示すべきであり、それができないのなら、スパイ行為はなかったと認めるべきなのだ。

 田中委員長はこのインタビューで、川口君が中核派のアジトに出入りしていたとは述べたが、スパイ行為については一言も触れていなかった。

 そして、田中委員長が表明したように、事件の実行犯が自首することはなかった。

逮捕されるも完全黙秘

 警視庁の捜査は難航したが、二葉幸三さんら目撃者の証言に基づき、犯行時間帯に127番教室や128、129番教室に出入りしていた革マル派の活動家を特定し、事件から約1か月後の12月11日に、漸く一文と二文の自治会関係者が相次いで逮捕された。

 しかし、彼らは取り調べに対して、「完全黙秘」を貫いたため、二葉さんらへの暴力行為についてのみ起訴され、肝心の川口君が殺された事件については立件されないまま釈放されることになった。

【前編を読む】《早稲田大学集団リンチ》「丸太や角材でめちゃくちゃに強打され…」学生から学生への凶行はなぜ起きてしまったのか

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