いちばん思い出深い日本シリーズ。それは、やっぱり2006年、初めての日本シリーズですね。北海道では初めてだったし、僕自身も初めて経験する日本シリーズでした。この年はパ・リーグのプレーオフが劇的だったんですよ。僕がホームに滑り込んで、ソフトバンクの斉藤和巳さんがマウンドに崩れ落ち、チームメイトに抱えられながらベンチに戻っていった。そんな風に経験したパ・リーグ制覇です。

 その年はパ・リーグのほうが先に終わって、セ・リーグは中日と阪神が競ってどちらが来るかわかりませんでした。で、テレビの取材で「どちらと対戦したいですか?」と訊かれて、「そうですね、僕自身はどちらとも決められないんですけど、強いて言えば新庄さんのラストイヤーですから、新庄さんの気持ちを考えたら最後にタイガースと戦わせてあげたいですかね」という話をしたんです。そしたら、コメントの前後を切られて「タイガースです」と放送されたみたいで……。

 もちろん、あの年はドラゴンズが勝ち上がりました。と、ケータイが鳴って表示がドラゴンズの選手からだったんです。「お前、こんなこと言ってるらしいな」って例のテレビのコメントの一件でした。「いや、違うんです!」って前後を説明したらわかってもらえたんですが、「お前、こっちはみんな怒ってるぞ」って。先輩ですよ? そんな風にわざわざ電話してこられたので、むちゃくちゃ勝負心にスイッチが入りましたね。

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現役時代の筆者・森本稀哲 ©文藝春秋

顔付近に……川上憲伸さんから戦闘開始の挨拶

 第1戦はナゴヤドームでした。メディアの数がすごくて、テレビで見てたあの日本シリーズだと思ったら、急に緊張してきちゃって。斉藤和巳さんの思いも背負って、パ・リーグ代表として戦うんだ!って、肩に力が入っちゃってたんですね。そんなとき、ロッカーでベテラン捕手の中嶋聡さんが声をかけてくれたのを覚えています。中嶋さんは大舞台を経験されてるし、僕の様子を見て何か感じたんでしょうね。「どうしたひちょり、緊張してるのか? お前、これからはファイターズを支えていくんだから、打てなかったりミスしても、経験すればするだけプラスになるんだぞ。もちろん打ったら打ったでプラスになるし、どちらにしたってプラスになるんだから思い切って行け」って言ってもらいました。僕も単純な人間なんで「そうですよね!」って吹っ切れて、試合に臨めました。

 1回表、僕はトップバッターです。ドラゴンズの先発は川上憲伸さん。その初球、顔付近にストレートが来ました。慌ててよけましたが、洗礼だと感じましたね。電話の件もあったし、僕はうわ、そうかと。川上憲伸さんと谷繁元信さんの2人は球界を代表するバッテリーです。僕はそのとき、そんな2人に顔付近を狙って投げられる立場になったんだなと思いました。要は一目置かれたんです。あの日本シリーズは僕と田中賢介、アライバ(荒木雅博、井端弘和)コンビ、共に1、2番でどっちがチームを引っ張るかがカギだって言われていました。その初球、憲伸さんから戦闘開始の挨拶してもらったという、何とも言えない高揚感ですよ。引退してから憲伸さんに「あの初球」のことを聞いたのですが、「さぁ、どうだったかな?」ってとぼけるんですよね。そんなわけないでしょ、あんなにコントロールのいいピッチャーが。

 その打席は打てなかったんですけど、次の打席で外角のボール気味を踏み込んでライト前に打ったんです。僕のなかであれは相当いいヒットでしたね。ただのヒットなんですけど、思いのこもった価値あるヒット。「あの初球」に臆することなく踏み込んで打てましたし。またその球が憲伸さんの投げ切ったカットボールだったんです。初めての大舞台で、勢いをつかんだきっかけでした。ちょっと格闘技みたいな感じですね。やってやるぞと闘志が湧いてきたんです。

「日本シリーズはもっと切り替えが大事になるぞ」

 シリーズ前に新庄さんから言われてたのは「切り替え」でした。「ひちょり、シーズン中も切り替えが大事だけど、日本シリーズはもっと切り替えが大事になるぞ」と。シーズン中は1試合ごとの切り替えが大事なのですが、日本シリーズは1球ごとに切り替えないとあっという間に終わってしまうという話だったんです。僕は単純なのでそれを忠実に実行しました。前のボールがどうこうとか考えないで、すぐに切り替えて次のボールに集中していました。

 僕はダメだったシーズンも、ポストシーズンの成績はけっこういいんです。不思議と打ってる。それは読みじゃないんですよね。何ていうか……、来た球なんです。僕はタイプ的に、投球フォームのクセで、球種があらかじめ分かるのが苦手なんです。あまり知りたくない。集中して球筋を見る。切り替えて1球勝負っていうのが合ってるんです。

 シーズン中だと考えるポイントが多くて、色んなことを頭に入れていかなきゃいけないんです。でも、短期決戦はむしろポイントを少なくして、「捨てるものは捨てる」ってやっていかないと思い切った勝負ができない。ましてや僕はトップバッターなので、チームに勢いをつける役目ですから。