誰も優しくしてくれない状況で、唯一手を差し伸べてくれたのが…
そんな人生詰んだタイミングで、莉子が出会ったのが、ハイスペックイケメンのツトム。コーヒーを掛けたお詫びに、洋服をポーンと買い揃えてくれた彼を「詐欺師?」と警戒しながら、誘われるまま高級レストランで夢のような時間を過ごす。その最中の「牛肉なんて松屋でしか食べないよぉ」という莉子の心の声も泣けるが、勢いで一夜を共にした翌朝、彼が既婚者だと気付き、簡単には夢を見ないと二度と会わない決意をする、今どきの若者らしい堅実さにも、胸が締め付けられる。
そんな彼女が、たまたま辛い出来事が重なったタイミングでツトムに助けられ、「この人なら私をこの生きづらい世界から救ってくれるんじゃないか」と、つい道を誤ったとしても、一体誰が責められるだろう。コロナ禍で女性の自殺が急増しているというが、社会は困った人に簡単には手を差し伸べてくれない。でも、ツトムは莉子を辛い現実からほんの一瞬でも、救い出してくれたのだ。たとえそれが、新たな地獄の入り口だったとしてもーー。
「幸せ」になろうともがく女たち
本作には莉子以外に、芳子とミカという女性が登場する。ツトムの妻である芳子は、ハイスペック夫と可愛い娘と高級マンションで誰もが羨むセレブな生活を送っているが、実はツトムの浮気癖(と犯罪まがいの性癖!)に気付いていながら、今の生活を失わないため目をつぶっている。タクマと莉子の友人のミカは、実はタクマのことが好きで、タクマが莉子を愛しているのを承知で、好きでもない金持ちと結婚してタクマに金銭を与え、肉体関係を持ち続けている。
性格や立場は違えど、共に人に言えない秘密を抱え、こんなはずじゃなかったと思いながら、それでも「幸せ」になろうと必死でもがいている。結果、不倫地獄に落ちた彼女たちは、世間一般の価値観では「正しく」はないが、その孤独や苦悩は、きっと女性なら誰しも身に覚えがあるはずだ。
もっと云えば、ツトムやタクマも、すべての登場人物がなにかしらの空虚を抱えていて、それを恋愛や情欲や結婚という形でかろうじて埋めている。そこに本作の現代性を感じずにいられない。
この中で本当に「悪い」のは誰なのか? 彼らを待ち受ける「罪と罰」は、どのようなものなのか? 複雑に絡み合う、愚かで切ない恋の行方を、最後まで目をそらさず見届けたい。