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頭では治らないとわかっているのに民間療法にのめり込んだ医師

 さらに、もう一つ押さえておくべきなのが、民間療法の効果を頭から信じ切っていなかったとしても、それに賭けてみたいと思う人が多いことです。

 2006年に亡くなった作家の米原万里さんもそうでした。「週刊文春」2017年10月26日号の記事でも紹介しましたが、卵巣がんとわかってから、米原さんは様々な民間療法を試しました。妹の井上ユリさんによると、民間療法を試した根底には「わずかでも可能性があるなら、ダメ元でもやってみるべきだ」というお気持ちがあったそうです。

 また、緩和ケア医の萬田緑平さんによると、患者に抗がん剤治療を行っていたのに、自分ががんになったときには、民間療法にのめり込んだ医師がいたとのこと。その医師も、頭では治らないとわかっているのに、効果があるかのように楽しそうに話していたそうです。萬田さんは「人間、何も希望がないというのは、ものすごいストレス」なのだと言います。

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「何としてでも生きたい」と強く思うのは、いのちの瀬戸際に追い詰められた人間の本能的な反応なのかもしれません。そのような心理状態のときに、本やネットの宣伝で、「がんが消えた」「医師も見放したがんが治った」と目にしたら、健康なときには眉唾に思えたものでも、一筋の光に見えてしまうものなのでしょう。

効果を過大に強調する民間療法の施術者たち

 まとめると、がん患者が民間療法をする主な理由として、取材を通して次の3点が浮かび上がってきました。

1.自分で何かをしないと、また再発するのではないかと不安だから。
2.患者に冷たい現代の医療に不信感があるから。
3.わずかでも可能性がある限り、それが生きる希望になるから。

 逆に言えば、これらの三つの要素をサポートすることができれば、多くの患者が民間療法に頼らなくても、がんと向き合うことができるかもしれないのです。しかし、現代の医療はそうした患者の気持ちに十分に対応することができていません。そこに、民間療法の存在理由がある(悪い言い方をすれば「つけ込む余地がある」)と言えるのではないでしょうか。

 民間療法が、1~3のような心理状態にある患者さんの気持ちに寄り添うものであるならば、頭から否定すべきものではないと思います。患者さんの体と心が癒されているなら、健康を害するものではない限り、どんな方法でも私は構わないと思うのです。

 しかし、民間療法には大いに問題もあると感じました。民間療法の施術者が、効果を過大に強調することが多かったのが一番の理由です。民間療法の施術者たちが、とにかく「いかに効果があるか」を強調したがるのです。

なぜ民間療法で「奇跡的によくなった」と証言する患者がいるのか?

 確かに、民間療法の現場を取材すると、がんが奇跡的によくなったとしか思えないような患者さんをよく紹介されました。そして、「効果があった」とみずから熱心に話す患者さんたちが、ウソをついているとも私には思えませんでした。

 ただし、それが民間療法の効果だと科学的に証明することは容易ではありません。なぜなら、がんの中にも極めてまれとはいえ、自然に治ってしまうものがあるからです。とくに腎がんは、そのような症例報告が多いそうです。また、前立腺がんでは進行がゆっくりで命取りにならないものが多く、乳がんにもそのようなタイプのあることが知られています。

 また、転移をしたらがんは治らないと思い込まれていますが、大腸がんなどでは肝転移や肺転移をしても、手術すれば完治してしまうケースがあります。他の進行したがんでも、ごく少数とはいえ抗がん剤で治ってしまう人もいます。どんな種類のがんもそうですが、進行して遠隔転移のあるⅣ期の患者さんでも、5年生存率(および10年生存率)を見ると0%にはならないのです(全国がんセンター協議会「全がん協部位別臨床病期別5年相対生存率2006-2008年 診断症例」。

客観的なデータを示さないかぎり「奇跡的な効果」をうたってはいけない

 したがって、民間療法の施術を受けた患者さんの中に、がんを克服した人がいたり、症状が改善した人がいたりしたとしても不思議ではないのです。それに、民間療法を受けた人の中には、よくなった人がいる一方で、よくならなかった人たちもたくさんいるはずです。しかし、民間療法の施術者が、そうしたケースを積極的に示すことはありません。

 どれくらいの患者さんが施術を受け、そのうち何%の人の症状が改善したのか。さらに5年、10年単位で、何%の人が生存しているのか客観的でウソのないデータを示さない限り、「奇跡的な効果がある」とは言ってはいけないはずなのです。

 こうした点を踏まえて、次回の「後編」では最後に、怪しい民間療法の見極め方について、書いてみたいと思います。