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「監督としてやっていく上で絶対に乗り越えなければならない壁」あの押井守が認めた「アニメ史に残る傑作映画」の正体

押井守の映画50年50本 #1

押井 守 2022/03/27

「パトレイバー」に不可欠だった天才アニメーター

――日本のリミテッドアニメの演出法を開拓し、確立したのが出崎統監督なのですね。

押井 この『あしたのジョー2』は、確か3ヶ月か4ヶ月で作ったはずだよ。テレビシリーズの総集編であるにも関わらず、時間がなかったからこそ、やるべきことしかやってない。見事に演出の方法論とメリハリが統一されている。それは出崎さんに相棒がいたからできたんだよね。杉野昭夫さんという作画監督と、美術監督の小林七郎さんがいたから実現できた。僕もそのことに気がつくのに時間がかかった。アニメーションを作るためには、優秀なアニメーターがもちろん必要なのだけど、監督がやろうとすることを実現できるアニメーターが絶対不可欠。

 僕にとっては1作目の『パトレイバー』の黄瀬和哉がまさにそう。当初はアニメーターたちが「映画だから」と張り切って2コマ(2コマにつき1枚。1秒12枚)で描いていた。そこを作画監督の黄瀬が「2コマなんてやったって枚数がかかるだけで、画に力が出ないっすよ」って。

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「俺が全部シートも打ち直して、原画も抜いちゃうから、3コマでやらせてくれ」と言ってきた。全部直すんだから、大変な作業だよ。むしろ黄瀬は自分の仕事を増やしたんだよ。だから黄瀬の言うことを信じてみることにした。結果は黄瀬の判断が正しかった。枚数を増やすと、力が抜けるんだよね。2コマは基本的に等割だから、なめらかに動きすぎて、そのままだと画が流れていってしまう。逆に3コマで描くと、コマ数を伸ばしたり縮めたりできるから、キメの画を見せやすい。どの構図を印象に残すか、どの表情を印象に残すかは原画マンの勝負どころなんだよね。黄瀬は見せたい構図をここ一番で描く天才なんだよ。

――方舟に向かう際の波の動きが有名ですよね?

押井 自然物は2コマで描くのが竜の子プロダクションの伝統であり、そう教えられて育ったから、黄瀬が「波も3コマで動かしたい」と言ってきて、最初は「えっ?」と思った。ドキドキもんだった。波を3コマで動かしたらカチンコチンになるんじゃないのかと心配した。ところがこれも黄瀬の判断が正しかった。波を3コマで描くからこそ、波の動きに力が出る。本当に感心した。

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「黄瀬は天才だ。あいつを離さないぞ」と思ったもん。のちに喧嘩別れしちゃったんだけど……というか僕が捨てられた。愛想が尽き果てて「もう、いい加減にしてくれ」って(笑)。

「あしたのジョー2」はアニメ史に残る傑作

――『あしたのジョー2』の話に戻しましょうか(笑)。

押井 映画として優れているし、アニメ史に残る傑作。名シーンも多い。特に白木葉子との別れのシーンが素晴らしい。台詞も含めて。

――映画版で白木葉子の声をあてているのは檀ふみですね。

押井 僕のなかで白木葉子といえば檀ふみ一択。たどたどしい芝居が、逆に生きている。「行かないで」って台詞ね。「いま気がついたの」って。「あなたが好きなの」。ここまでのメロドラマをアニメで見たことがない。ドアノブに飛びついて「行かないで」って、その瞬間に動きを止めてね。アニメーションでメロドラマをやること自体が難しいんだよ。なぜなら、演技に期待できないから。そこを「白木葉子の時間」として見事に演出してみせた。

 シーンの意味を見極めて、時間を演出する。それが監督の仕事なんだよね。脚本を映画にするときに、まず誰のシーンかを見極める。この別れのシーンなら白木葉子。ジョーと葉子のシーンではあり得ない。必ず誰か1人。だから「主観的な時間」と言うんだよ。

――なるほど!

押井 このシーンが誰のシーンかによってカット割りから、テンポから、カメラワークまで全部が変わってくる。そのシーンの最初に撮るカットまで変わってくる。

――それは実写もアニメも同じですか?

押井 実写の場合は1回芝居をやってもらって、それから考えてもいい。「ああ、やっぱりここはコイツのシーンだな」とかね。でもアニメの場合は、作画に入ってからでは遅い。レイアウトの段階で決めておかないと、ブレたアニメになってしまう。そういう意味では、アニメのほうが演出の難易度が高い。

――すごい話ですね。

「主役なら40歳過ぎてて当たり前だ」

押井 これは出崎さんが成熟した監督だからできた仕事であって、成熟してないと無理。僕もアニメ監督としての自分の成熟を感じたのは『スカイ・クロラ』だから。これは才能でどうこうできる問題じゃないんだよ。

 歳をとらないとできない演出がある。これは役者も同じだよ。『アヴァロン』でポーランドに行ったときに、真っ先に言われたもん。「主役なら40歳過ぎてて当たり前だ」って。歳を重ねた役者のそれを「魅力」と言うんであって、若さは未熟さでしかない。若い俳優が主演する映画は「ヤング」と呼ばれる特殊なジャンルで、ヨーロッパでは児童映画と同じと見なされている。

 日本の映画界は、そういう意味では、まるごと児童映画の世界になってしまった。実写が実写である根拠を自ら失った。成熟した役者の魅力を大幅に削ぎ落として、若い役者で映画を作ってしまっている。でも本当は、映画監督も役者も成熟する必要があるし、成熟した映画が見たいと誰もが思っているはずなんだよ。

――若い映画監督はどうすればいいですか?

押井 元気いっぱいの映画は作れる。才気に溢れた映画も作れる。だけど時間を作り出すことは10年やそこらでは難しい。僕も『スカイ・クロラ』までのアニメ映画は習作だと思っている。『スカイ・クロラ』で初めて納得できたんだよ。「映画になった!」と実感できた。成熟した映画は、成熟した監督にしか作れない。自分の成熟を感じるまでの、そのすべての原点が出崎さんのこの2本。

『エースをねらえ!』はいまもアニメ特集で上映されることがあるけど、映画としての『あしたのジョー2』はなぜかマイナー。どちらかというと失われた作品に近い。でも機会があれば見てほしい。自分が最も恩恵をこうむった、アニメーションの演出の方法論を考えるきっかけになった記念すべき作品であり、出崎さんは、自分がアニメ監督としてやっていく上で絶対に乗り越えなければならない壁だったんだよ。

押井守の映画50年50本 (立東舎)

押井 守

立東舎

2020年8月12日 発売

「監督としてやっていく上で絶対に乗り越えなければならない壁」あの押井守が認めた「アニメ史に残る傑作映画」の正体

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