「宮さんの生理的な時間であって、演出された時間ではない」

押井 う~ん(苦笑)。宮さんのアニメは、いわばあの人の主観で任意に切り取られたシーンの連続なんだけど、残念ながら1種類の時間しか流れていない。オープニングからラストまで常に一定のリズムで動いている。あれは宮さんの生理的な時間であって、演出された時間ではない。出崎さんの映画は時間に種類がある。客観的な時間だけじゃなくて、主観的な時間を任意に作り出している。そのための方法が独特なカメラワークとトメ絵の使いかた。

 あとは、主観的な時間に突入するためのさまざまな演出的なテクニック。『エースをねらえ!』の中盤に注目すべきシーンがるんだよ。

――どこですか?

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押井 中盤のテニスの試合で、主人公が窮地に追い込まれたときに頭上をヘリコプターが飛んでいくシーンがある。ヘリのローターがゆっくり回る。主人公ではなく、ゆっくり回転するヘリのローターを描写する。それを見たときに「あっ」と思ったわけ。これ、主人公の時間なんだよ。キャラクターを動かすのではなく、むしろキャラクターを動かしてはダメで、キャラクターじゃないものをキャラクター込みの画で動かす。そうすることで初めて「ちがう時間」を演出できる。もちろんこれは出崎さんのテクニックの1つにすぎないよ。

 世間的に有名なのは、ここぞという場面で動きを止める演出法。カメラをパーンさせて、スパーンッと止める。そして絵のタッチを変える。筆で描くんだよね。線の上に筆で足しちゃう。「ハーモニー」というテクニックなんだけど。

『押井守の映画50年50本』(立東舎)

――出崎演出といえばハーモニー処理ですよね。

押井 ハーモニー処理は見ればすぐ分かるから、誰もがハーモニーを語りたがるんだけど、僕に言わせればハーモニーは出崎演出の本質ではない。出崎さんはハイスピードも頻繁に使うからね。アニメのハイスピードって言ったら、普通は作画の枚数を増やすんだよ。1ミリの幅の動きに3枚も4枚も描いて、通常の数10倍の作画を強いる作業なんだけど、出崎さんのハイスピードはむしろ逆。粗っぽいけど、効果的な演出をしてみせる。要するに「分解写真」なんだよ。静止画であることを強調するためのハイスピード。

 これは、アニメーションを知り抜いた人間じゃないとできない演出。あるいは、試しにやってみたら思わぬ効果があったんだろうね。その積み重ねが『エースをねらえ!』であり、集大成が『あしたのジョー2』。

 1秒24コマで動くフルアニメーションが偉いわけではないんだよ。1秒8枚しか描かなくても優れた演出はできる。手塚治虫が『鉄腕アトム』(1963-1966)で日本初のテレビアニメシリーズをやるときに3コマベース(3コマにつき1枚。1秒8枚)で動かすことに決めた。宮さんに言わせれば「諸悪の根源」なんだけど、僕は逆に、そのことがアニメーションの演出の幅を広げたと思っている。