絵画だったり彫刻だったりと形態や素材はさまざまなれど、展覧会で観られる作品は形があって目に見えるものであるのがふつう。だがここに、目に見えないものをテーマにした展示がひとつ。東京六本木のギャラリー、シュウゴアーツでの藤本由紀夫「STARS」は、音が主役だ。
星座を結ぶように、音を拾う
ホワイトキューブと呼ばれる床・壁・天井とも白で統一された静謐な空間に、細長い直方体がいくつも設えられている。ひとつの箱に3つずつ、金属製のネジらしきものが付いている。なんら説明はないけれど、さわってよさそうな気配。つまんで、回してみる。と、箱の中から音が鳴る。どうやらオルゴールが中に入っていて、そこから音楽が流れ出している。
ただし、鳴る音はずいぶん少ない。いったん聴こえたかと思うとしばらく沈黙し、思い出したころにまた1音。けれど、ネジはほかにもあるのだし、箱もそこかしこに並んでいる。室内をうろうろしながら、あちこちのネジを回してみる。
空間に響く音が多くなった。耳を澄ましてみる。ひと連なりの音楽が聴こえた、ような気がした。
この全体が、藤本由紀夫の作品《STARS》である。会場のいくつもの箱の中には、54のオルゴールが仕組まれている。どのオルゴールもほとんどの歯を折ってあり、ひとつのオルゴールにつき1音しか奏でない。
全部で3つの曲が使われており、すべての音をタイミングよく鳴らせば、理論上は3曲が完璧なかたちで聴こえてくるはず。けれど実際には、そんなことありえない。まとまりのある曲から分解された音の一つひとつが、観る側のネジを回すというアクションをきっかけにして、好き放題に鳴るだけだ。空間に漂うのは、ランダムな音の集積でしかない。
それがとてつもなく快く響いてくるのは不思議だ。一つひとつ自分が解き放った音だから、ていねいに耳を傾ける気になるのかもしれない。または、音に対して人が備えている能力が自然に発動しているのだともいえる。ランダムな音を拾うと、人は知らず頭の中で調整を施し再構成をして、意味あるパターンやメロディを築き上げてしまうものだから。
そうか、それで作品名が《STARS》なのだ。ここに置かれた音のひとつずつを、星に置き換えてみる。偶然の名において散らばった音=星をためつすがめつ眺めてそこから音楽を掘り起こすのは、夜空の星を結んで星座を見出すのと同じことになる。
「音」を主役にする独自の境地
作品を提示するのはアーティストだけど、それを完成させ生きたものにするのは、観る側のわたしたちなのかもしれない。もっといえば、素材や舞台やきっかけを用意してくれるのは自然や社会や歴史といった外界のものだけど、この世界を生成して実在のものとするのは、そこに生きようとするわたしたちなのかもしれない。そんなことにまで想いが広がる展示だ。
藤本由紀夫は幼少のころより、父親のお古のカメラ、映写機、オープンリールレコーダーを使って、テープの音を切り繋いだり、ラジオノイズを録音して遊んだ。大学で電子音楽を学び、音楽スタジオでの仕事などを経て、1980年代から美術表現の世界に乗り出した。
音を起点にして観る側の五感を喚起する作風は、他に類を見ないオリジナルの境地。会場で小さい生の音に耳を澄ませば、きっといいことがある。