驚嘆と共感。アート作品と対面したとき真っ先に享受するものは、このふたつ。あっと驚かされたり、「わかるなあ」と胸に染みわたったり。その含有バランスによって作品の性質は決まってくる。

 六本木ヒルズの森美術館で始まった「レアンドロ・エルリッヒ展:見ることのリアル」は、驚嘆が多めの展覧会。日常に生きる私たちを一瞬にして「ここではないどこか」へ連れて行ってくれる、破壊力満点の個展だ。

観客が作品に入り込んで楽しむパターンは得意技

レアンドロ・エルリッヒ 《スイミング・プール》 2004年
所蔵:金沢21世紀美術館
撮影:木奥惠三
画像提供:金沢21世紀美術館

 アルゼンチン出身のレアンドロ・エルリッヒ。名前に馴染みのない人は多いだろうけれど、作品を見れば「あ!」と気づく人もいるはず。金沢21世紀美術館に恒久設置されている《スイミング・プール》。本物サイズのプール底面のガラスの下を人が歩きまわれるようになっていて、上から眺めると水面下で楽しげに皆が群れている不思議な光景を目撃できる。あれが彼の作品である。

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《スイミング・プール》と同様に、観客が作品に入り込んで楽しめるパターンは彼の得意技。代表作といっていい《建物》は、床に建築物の壁面部分が敷かれている。そこに寝転んで思いのままにポーズをとってみる。と、上方に斜め向きで設置された鏡の効果によって、本当の壁のほうに自分がすがりついているような光景が現れる。スパイダーマンにでも忍者にでも、即座になりきることができるのだ。

 新作の《教室》も観る側が参入して完成する。廃墟と化した教室が眼前に広がっている。覗き込むと、半透明で亡霊のようになった自分の姿がそこに投影されている。ぞっとすると同時に、大掛かりなマジックに引っかかった気分にもなって、ついニヤニヤしてしまう。

 展示会場は撮影オーケーなので、作品に入り込んだ姿をカメラでもスマホでも撮って楽しめる。いわゆる「インスタ映え」する絵柄がいくらでも得られるわけだ。帰ったあともSNSで存分に遊べるというのはお得感あり。

遊園地で遊んでいるような展覧会

 20年以上のキャリアから生まれた選りすぐりの作品40点以上が、広大な森美術館のフロアを埋め尽くすさまは壮観そのもの。よくアイデアが尽きないものだと感心してしまうけれど、アーティスト本人曰く、「視覚は人間にとって最重要の“ツール”なので使いようはいくらでもある」とのこと。

レアンドロ・エルリッヒ 《建物》 2004年
展示風景:104-パリ、2011年

 それに、「どの作品でも物語を構築しているつもりなので、実現させたいストーリーさえ固まれば、観客や展示する場所の力を借りてそれはおのずと具現化していく」と考えているそうだ。さらには作品がどう解釈されるか、どんな感情を観る人の心に巻き起こすかは、アーティストのコントロールの外にあることだとも。

 なるほどレアンドロ・エルリッヒのアートはどれも、アーティスト本人と観客、展示の場の共同作業によって生まれ出ているのだ。そして受け止め方は、当然ながら自由。これってたとえば、よくできた遊園地で遊ぶときの状況と同じじゃないか。他の展覧会場で味わったことのないような楽しさを満喫しよう。