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「高校時代、良い思い出はないですね」…巨人・赤星優志はなぜ“指名漏れ”から這い上がれたのか

文春野球コラム ペナントレース2022

2022/04/19

 ドラフト3位ルーキーながら巨人の先発ローテーションを担う赤星優志。4月3日の阪神戦でプロ初勝利を挙げるなど、4月17日現在で4試合を投げて2勝1敗、防御率1.69と安定した投球を続けてチームの躍進を支えている。

 彼の過去を知る人々は、皆一様に人間力の強さを成功の要因に挙げている。

赤星優志

3球団の入団テスト受験も育成ドラフトでも指名漏れ

 赤星の分かりやすい特徴の1つがポーカーフェイスだろう。一部メディアでは既に「鉄仮面」とも称されている。多弁なタイプでもない。だが、心の内に秘めたるものには並々ならぬ思いがあると、過去を知る者たちも口を揃える。

 上馬シニア(軟式)で1学年先輩だった羽深颯之介さん(はぶか・そうのすけ/現同シニアコーチ)は当時の赤星を「野球センス抜群。人見知りだけど人懐っこさもある。野球は淡々と寡黙にプレーするタイプでした」と振り返る。教わったことをすぐモノにできる器用さは当時からあったという。また、2年生からレギュラーだったが「ビビってプレーするようなところは一切ありませんでした」と冷静さは際立っていたという。

 高校は激戦区・西東京で甲子園出場3回を誇る文武両道の強豪・日大鶴ヶ丘高に進学。萩生田博美監督の下で、特にストレートが飛躍的に成長を遂げ、腕の振り以上に力強いストレートを145キロほどで投げられるようになっていた。

「“体さえできれば面白い”というセンスがありました。左右の違いはありますが、ストレートは当時から同学年である日大三高の櫻井周斗くん(現DeNA)と同じくらい良かったですね」(萩生田監督)

 一方で「彼の高校時代は良い思い出が無いんじゃないですか?」(同前)と苦笑いするように思うような結果を残すことはできなかった。最後の夏は4回戦の駒大高戦で2本塁打を含む7失点を献上し敗退。この試合は筆者も取材に行っていたが、変化球の精度を欠きストレートも狙い打たれた。170cm台前半から半ばという身長も含め特筆すべきものはあまり見られなかった。

 赤星も昨年の取材時に高校時代のことを聞くと「そこまで勝てなかったのであまり良い思い出は無いですね」と萩生田監督と同じような苦笑いを浮かべた。秋には萩生田監督の後押しもあってNPB3球団の入団テストを受験したが、育成ドラフトでも声がかかることは無かった。

 それでも赤星は「涙は一滴も出ていないです」と話すほど切り替えが早かった。指名漏れの場合の進路については考えていなかったが、ドラフトが終わると地方大学から特待生での誘いもあった。しかし赤星は萩生田監督にレベルの高い東都大学野球でプレーすることを希望。その結果、日大に進学することとなった。