今からさかのぼること20余年、7000万円を投じて「一人暮らし用一軒家」を建てた女性がいた。漫画家の伊藤理佐さんである。『やっちまったよ一戸建て!!』は、その顛末をつまびらかに描いたコミックエッセイだ。

 伊藤さんは当時29歳。都内の分譲マンションに愛猫2匹と暮らしていた。購入価格は5540万、2LDK、駅近、すぐそこには賑わいあふれる商店街。すこぶる魅力的な住まいを、たった2年ほどで手放したのは何故なのか。

「実は、そのマンションはちょっと“いわく付き”だったんです。前の結婚の時に新築で買ったものの、建物が完成する前に離婚しちゃって。その後は一人で快適にぬくぬく暮らしていたのですが、あまり思い入れがなかったんです」(伊藤理佐さん)

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©伊藤理佐/文藝春秋

 土地の価格が下がっていた時期とはいえ、土地4000万、建物3000万のマイホームを建てるのは人生の一大事だ。

「知人から『今がチャンス』と聞いて、急にやる気が出てしまって。元々『今しかない』という言葉に弱いうえに、買うと決めたらまっしぐらという性格なので、すぐに不動産屋めぐりを始めて、あれよあれよという間に一軒家ができてしまった。家族もびっくり、見に来てくれた友人もあっけにとられていました。ほんとに建ててるよ、みたいな。若さゆえの勢いでしたね」(同前)

銀行のローン担当者の「衝撃の一言」

 当初は貯蓄500万円&ローンの予算4000万円で先に土地だけ購入し、あとでゆっくりお金を貯めて家を建てようと計画していたという。

 ところが、銀行のローン担当者の説明にミスがあり、その土地に「5年以内」に家を建てればよかったはずが、正しくは「1年半以内」だったと判明する。急転直下、事態は想定外の展開を迎えることに――。あまたの苦難を乗り越えて完成した「一人暮らし用一軒家」はどんな家になったのか。 

「3階建てで、建築士さんの提案で2階のトイレの天井が吹き抜けに。引っ越し業者の人たちが、『この家に赤ちゃんがいたら死ぬよね』と休憩中にこっそり話していたことを覚えています。吹き抜けになっているから、声が筒抜けだったんですよ」(同前)

©伊藤理佐/文藝春秋

 本作は、そんなマイホーム建築の一部始終を、ほぼ同時進行で記録している。

「連載を始めるにあたり、私は『一人で建てるもん』というタイトルでいこうと考えていたのですが、担当の編集さんに『本心では、やっちまった、と思ってるでしょう?』と言われて。初めて自分を客観視してハッとしました。

 だから、マイホームを購入される方は、自分の家にタイトルをつけることをオススメします。家づくりの方針と自分の心がはっきりしますから。私の場合は『建もの探訪』の渡辺篤史に褒められるような家がいいとか、そういう欲望が間取りに全部出ちゃってました。それでも家づくりは楽しかったので、やっぱり大失敗でも大後悔でもなく『やっちまったよ』という感じですね(笑)」(同前)