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若手のタレントの相談

 ある晩、師匠が若手のタレントさんの相談にのるということで、美弥で待ち合わせということになりました。

 タレントさんは早めに来てカウンターに座って師匠待ちしていて、落語会だと遅れてくるのが普通の師匠ですが、人との待ち合わせはほぼ時間通りに来ます。

「カチャッ」

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 美弥の戸が開いて、師匠がスーッと店の中に入り、僕は、

「おはようございます」

 と挨拶しますが、師匠はこちらをチラと見るだけで、そしてタレントさんは僕の挨拶で気付いたのでしょう。

「恐れいります」

 そう言ってイスから立ち上がり直立不動。それにも師匠は何も言わず、そのままタレントさんに近付き、

「こっちで話そう」

 そう言って指定席であるボックス席に座りました。

「おいキウイ、ビールよこせ」

「はい」

 美弥はそんなに広くないので、大声でなくても大丈夫なお店。ビールを運ぶと師匠は瓶ビールを高いとこからビールジョッキに一気に注いで、だからかなり泡立つのですが、それをキューッと呑むのが好きでした。

 そしてタレントさんの相談が始まりました。聞くとはなしに聞こえてしまい、その相談というのは自身のタレント活動についてでした。

 ザックリ書くと、思うように仕事がとれず要は売れない。マネージャーとの関係がよくない。それで事務所とも上手くいかない。簡単にいえば誰にでもある仕事上の人間関係の悩みで、ハッキリいえば愚痴に近いものです。

 しかし師匠は静かに話を聞いていて、そしてまず言いました。

「仕事がない、必要とされてないということは、それだけ価値が無いからだよな」

 タレントさんがビクッとしたのをおぼえてます。

©️文藝春秋

「売れるのは狂える奴だ」

「才能がないから売れないんだ。才能がある奴は売れる。ただし時代に合う合わないはあるがな。だとしたらまずは必要とされるにはどうしたらいいか、それを考えようじゃねぇか」

 そう言ってタレントさんに思いつくままに色々なアドバイスをして、最後はタレントさんに、

「落語家になるか? こいつだってやってんだぞ」

 励ますつもりで僕を見ながらタレントさんにそう言って、

「何かあったらまた連絡しなさい。続けるのは大変だが、やめるのは簡単だからな」

 と出口まで送り、タレントさんは帰りました。

 そしていなくなった後、僕にポツリと言ったんです。

「売れない奴ほど事務所の悪口を言う。そして売れるのは狂える奴だ」

 そして次の一言も印象的でした。

「仕事とは人間関係でイヤな思いをすることが主だ。むしろそうでなければそれは仕事とは言えない」

 そうだよな、と妙に納得したのもおぼえています。