我慢に我慢を重ねて、もうこれ以上はのぼせてしまうという限界にまで達したぼくは、「よし」と心に決めて目を開くと、脱衣所の扉とサウナ小屋の入口の扉をバタンッバタンッと勢いよく開けて外に飛び出しました。そして急いで階段を下りていきました。
いよいよ水際のデッキに立ったとき、足がすくみました。でもそれも一瞬のことでした。迷う気持ちを振りきり、恐怖をすべて置き去りにして、湖に向かって頭から飛び込みました。
ドボーーーーー ンッ!
次の瞬間、目の前が真っ暗になりました。水が肌の上を流れていく感触を肩に感じました。そして、ザザーッという激しい騒音が聞こえたかと思うと、急に静かになりました。
気がついたら、すでに頭が水面に出ていたのです。沈まないように手足をばたつかせながら、首を振ってあたりを見わたすと、対岸の木々たちがこれまで以上に空に向かって高くそびえ、巨人がぼくを見下ろしているかのようでした。
ぼくは息を大きく吸い込み、サウナの見える方へと向きなおり、泳いでいって梯子につかまると、腕に力を込めて体を引き寄せ、勢いよくデッキに上がりました。体中から湖の水がしたたり落ち、腿(もも)に手をついてうつむいているあいだ中ずっと心臓がどきどきしているのを感じました。気がはっていたせいか、水が冷たいことはすっかり忘れていました。はあはあと肩で息をしながら体を両手でさすり、まわりを見わたしました。
ようやく背筋を伸ばして大きく深呼吸をしたそのとき、いままでに感じたことがないような爽快感(そうかいかん)が体中を吹き抜けていくのを感じました。恐怖に打ちかった達成感もありますが、のぼせそうだった頭も体も急激に冷やされたせいで、目が覚めたようにすっきりとしてとても気持ちがよかったのです。
〈これが、サウナというものか……〉
ふしぎなことに、目の前に広がる湖がこれまでとは少し違って見えました。自分でも無意識のうちにこの湖に対してどこか得体(えたい)の知れない距離感をいだいていたようです。もちろん飛び込んだぐらいでなにかがわかったわけではないのですが、以前よりも少しだけ身近な存在に感じるのです。たとえるなら、寡黙(かもく)で近寄りがたかった人と挨拶ぐらいはできるようになった感じとでもいえばいいのでしょうか。
じっくりと眺める。カヌーを浮かべる。そして、体全体で飛び込んでみる。そんなひとつひとつの体験を通して、この土地の自然とのつながりを深めていくことに、ぼくは大きな喜びを感じました。