自然写真家の大竹英洋さんは大学を卒業後、世界的に有名な写真家ジム・ブランデンバーグに弟子入りするために、一度も訪れたことのなかったアメリカへと旅立った。たどり着くためのヒントは、雑誌や写真集に載っていた断片的な情報だけ……。

 ここでは、そんな旅の記憶を大竹さんが綴った『そして、ぼくは旅に出た。 はじまりの森 ノースウッズ』より一部を抜粋。

 日本からの長い旅路を越え、さらにカヌーで8日間水上を移動した末にやっと会えたジムと大竹さんの初めてのひと時を紹介する。ジムの第一声は、なんと日本語で「コンニチハ!」だった——。(全2回の1回目/後編を読む

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ジム・ブランデンバーグの住む、北米に広がる「ノースウッズ」(『そして、ぼくは旅に出た。 はじまりの森 ノースウッズ』より)

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眼光

 まさか、憧(あこが)れのジム・ブランデンバーグの口から日本語の挨拶が発せられようとは、想像だにしていませんでした。いまにして思えば、ジムなりの機転と優しさだったのでしょう。が、ぼくはといえば、緊張のあまり、それに日本語で返してみせる余裕(よゆう)なんかとてもありません。ただ差し出された手をおそるおそる握り、会う前から何度も頭の中で反復してきた英語で、間違えないように自己紹介をするのが精一杯でした。

「お会いできて嬉しいです。ヒデヒロ・オオタケといいます。日本から来ました。お時間を取っていただき、ありがとうございます」

 そんなぎこちない挨拶にも、ジムは律儀(りちぎ)に自己紹介を返してくれました。

「ジム・ブランデンバーグです。私も会えて嬉しいですよ」

 さらに続けて、「遠いところからよく来たね。日本は大好きな国で、いい思い出もたくさんあるんだ」と、嬉しそうに語ってくれました。穏やかな声と柔和(にゅうわ)な笑顔、大きな青い瞳が印象的でした。人を威圧するところのない物腰のやわらかな印象に、ぼくはほっとしました。ジムは握っていた手を離すと、「どうぞ」というように建物の中へと迎え入れてくれました。

 家の中に入ると、さきほど窓の内側から入口を示してくれた女性が立っていました。肩上ぐらいのボブにそろえたブロンドの髪をかろやかにはずませながら近づいてきます。そしてはきはきとした声で「ハーイ、ようこそ。私はジュディ。ジムの妻よ」と笑顔で握手の手を差し出してくれました。ぼくはジュディとも握手をして、ふたたび同じ自己紹介をし、後ろから入ってきたトムもふたりと握手をすませました。

 玄関ホールの右手には、窓で囲まれた明るい空間にダイニングテーブルが置いてありました。左手には丸太の壁で仕切られたキッチンがあり、その2つの空間のちょうど間から、さらに建物の奥へとのびる廊下が続いていました。