ぼくも同じように感じていたので、憧れのジムがそう言うと、それが正しいことだと証明されたような気がしてとても嬉しくなりました。そしてぼくが、「あ、そうそう、もうひと組ルーンが巣を作っていました。この島の脇で……」と言いながら小さな島を指さすと、ジムの表情がぱっと明るくなりました。
「ああ、そのペアは知ってるよ。今年も帰ってきていたんだね。巣作りしてたって? それはよかった」
ぼくがどうしてそのルーンについて知っているのかと聞いてみると、ジムは答えました。
「たぶんそれは、あの写真のルーンだと思うんだ」
ジムが指さしたテーブルの上には、むき出しに置かれた一枚の写真のプリントがありました。それは、ぼくもよく知る写真でした。もやのたちこめる朝焼けの湖。小さな島に生えた針葉樹のシルエット。そして島の脇に浮かぶひと組のルーン。しかも、一羽はまるでポーズをとっているかのように羽を広げて伸びをしています。
広大な世界に息づく野生動物の生き生きとした一瞬を見事な構図と光でとらえた、まさに写真家ジム・ブランデンバーグの真骨頂(しんこっちょう)といえる写真でした。そしてその写真は、90日間、1日1枚しかシャッターを押さないと決めたあのプロジェクトを掲載した「ナショナルジオグラフィック」で、その特集の扉ページを飾ったのです。
〈ムース湖で撮った写真だったんだ……〉
ぼくは、その写真が撮られたときの様子も記事で読んで覚えていました。それはプロジェクトの10日目のこと。ジムは夜明けの湖で釣り糸に絡からまっていたルーンの若鳥をみつけ、その糸をほどいてやりました。そして水面に放すと、そのルーンは親鳥のもとへ泳いでいく途中、まるでお礼を言うかのように羽を広げて伸びをしたのです。まさにその瞬間をとらえたのが、その写真でした。
ルーンは長生きで、しかも営巣(えいそう)に成功したカップルは毎年同じ場所に戻ってくるのだそうです。だから、ぼくが見たルーンとこのときジムが助けたルーンの親鳥とは、同じ個体である可能性が高いのです。
〈あの場所で、こんなにも幻想的な写真が撮れるなんて……〉
島の横を通り過ぎたとき、ぼくには、このような構図であの風景を切り取るという発想すら思い浮かびませんでした。それはジムが見ている世界と自分が見ている世界との距離をまざまざと感じさせられた瞬間でもありました。
それからしばらくはその場に立ったまま、ぼくがカヤックの旅で見た動物たちの話を続けました。ジムは熱心にぼくの話に耳をかたむけてくれました。緊張してうまく話せるかどうか……、場が静まりかえってしまうのではないか……、ジムに会う前にいだいていたそんな心配はまったく必要ありませんでした。ぼくはただ、旅で自分が見たことを話すだけでよかったのです。カヤックの旅で出会った野生動物たちが、ぼくを助けてくれたのかもしれません。