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『ひよっこ』は、ヒロインの親友役でオーディションを受けたが、こちらは結果的に佐久間由衣(伊藤とは前々年にドラマ『トランジットガールズ』でダブル主演していた)に決まる。しかし、オーディションの際、別のドラマの不良役のため髪をオレンジに染めた伊藤がお嬢様言葉を話すのを、脚本家の岡田惠和が面白がり、彼女のために役をつくってくれた。それが米子という米屋の娘だった。米嫌いで朝食はいつもパンで、親のつけた名前を嫌って自分で考えた「さおり」を自称するなど、ちょっと変わったキャラクターはいまなお記憶に残る。

『トランジットガールズ』では、義理の姉(佐久間由衣)と恋に落ちる女子高生を演じた(FODより)

 米子にしてもそうだが、伊藤には何かに抗ったり闘ったりする役がハマる。昨年井上芳雄とダブル主演した舞台『首切り王子と愚かな女』でも、民衆が圧政に苦しむ架空の国で、相手役の王子をはじめ、さまざまな人物と闘わざるを得ない状況に置かれたヒロインを熱演した。そのクライマックスでは恐怖政治に耐えかねた民衆が反乱を起こすなか、王子を城から逃すべく奔走するのだが、演技力に加え、体の小さな彼女が必死になって舞台を走り回る姿には心動かされるものがあった。

兄・オズワルド伊藤が贈った言葉

 昨年には初の著書『【さり】ではなく【さいり】です。』を刊行した。同書には、兄でお笑いコンビ・オズワルドの伊藤俊介が、しばらく兄妹で暮らしていた家から引っ越すにあたり彼女に送ったLINEのメッセージも収録されている。そこには《一番身近に本当のプロがいて幸せです。刺激になりますずっと。信じられないと思うけど ずっと悔しかった。これはもうやっぱりずっとそうだから、必ず俺も売れるよ。お互い天職。死ぬまでやってやろう》と、同じ芸能の世界に飛び込んだ者としての率直な思いが感謝と励ましの言葉とともにつづられていた(※3)。

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『【さり】ではなく【さいり】です。』(KADOKAWA)

 妹の伊藤が若手実力派として周知されつつあった2019年、兄もまた、コンビ結成以来の目標であったM-1グランプリのファイナリストとなり、一躍世間に知られるようになった。身近にいる人間ばかりでなく、その出演作を見る者にも刺激を与え、生きる意欲のようなものを抱かせる存在。そんな俳優に伊藤はなりつつある。

 ここ数年で俳優としての評価も一挙に高まり、映画賞などの受賞もあいついだ。これについて本人は《賞をいただいたり、褒めていただいたりといった、自分にとってプラスになることは、すべてスタートラインだと思っています。なぜかというと、『もっと何か見せてくれるよね?』と期待されていることだと思うので。スタートラインが増えるのは嬉しいです。でも、最近気づいたのは、スタートラインが更新されていくということは、ゴールもなく満足することもなく、一生走り続けていくってことなんですよね》と一昨年のインタビューで語っている(※4)。兄の言ったとおり、それが天職ということなのだろう。

※1 『GALAC』2020年10月号
※2 『ピクトアップ』2005年11月号
※3 伊藤沙莉『【さり】ではなく【さいり】です。』(KADOKAWA、2021年)
※4 『キネマ旬報』2020年11月下旬号