それはずっと、ランディ・メッセンジャーのものだと思っていた。
高卒1年目から3年連続で10勝以上と18歳から勝ち続けた藤浪晋太郎にも、近年の不振を経ていつしか使うことはなくなっていた。
ただ、この夜は自信を持ってパソコンを叩き、その言葉を打ち込んだ。
「エース」という形容詞を――。
球史に残る投手戦で敗れるも“エース”として堂々の投球
敵地・バンテリンドームで行われた5月6日のドラゴンズ戦。青柳晃洋は、至高の投手戦の主役を争っていた。投げ合った大野雄大は、終盤まで完全投球を披露。2回に木下拓哉に初安打を許していた青柳も100球未満のシャットアウト勝利を意味する“マダックス”ペースで快調に腕を振っていた。
だが、勝利の女神も息詰まる展開にのめり込み、軍配を決めかねているようだった。当たり前だが、両投手ともに打線の援護に恵まれない。終わってみれば大野の「完全試合」も青柳の「マダックス」も達成されなかった。9回を27人連続アウトに封じた大野は延長10回2死から30人目の打者だった佐藤輝明に右中間を破られる二塁打。それでも10回を投げ切って綺麗に10個のゼロをスコアボードに並べた。
対する青柳の10イニング目に待っていたのは悲劇だった。1死満塁のピンチを招き、有望株の石川昂弥に中前へサヨナラ打を浴びた。計20イニングを消化しながら3時間にも満たない156分の濃密な“1―0ゲーム”はこうして幕を閉じた。
力投が報われ仲間に駆け寄る大野をよそに、虎の背番号50は静かにマウンドを降りると帰ってきたベンチで「すいません」と口にした。数分後、気持ちを切り替える間もなく番記者の対面取材に応じた。
「大野さんが素晴らしいピッチングをしてたんで。それに乗せられてじゃないですけど、良いピッチングができたというのはあるんですけど。10回を任せてもらえたのに、簡単にサヨナラを食らったんで、そこだけはちょっと情けない。絶対に負けないように1点も取られなければ負けはないと思っていた。大野さんに投げ勝つのが今日の目標だったし、そういう感じで投げてたんですけど結果負けてしまったんで、何とも言えないですね」
対峙するバッターだけでなく、投げ合う相手、敵軍のエースを強く意識しながら、1―0での勝利を目指して力を出し尽くした28歳は突きつけられた結果、つまり敗北を受け入れた。
まるで勝利した時の原稿のように、熱を込めて書いた。「エースの目は死んでいない」。翌日の紙面記事をそう締めくくった。「大黒柱」「ローテの軸」……いろんな表現がある中で、ためらわず「エース」と書いた。
決して、この夜の快投だけを言っているのではない。まだシーズン序盤ながら、その背中から滲むのは強い責任感とチームをけん引する気概だ。昨季終了後から「一度はやってみたい」と報道陣の前でも隠すことなく口にしてきたキャリア初の開幕投手への思い。自らの第1球で幕開けを告げる大役を、エースへの第一歩と定めていた。