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【上島竜兵さん逝去】「もしかして竜兵か?」「先生、そうです」志村けんさんの死後に恩師へかかってきた“深夜の無言電話”とは

【上島竜兵さん逝去】「もしかして竜兵か?」「先生、そうです」志村けんさんの死後に恩師へかかってきた“深夜の無言電話”とは

パシられてる友達について行ってあげていた

「上島とは高校3年間同じクラスで友達でした。よく一緒に友達の家に遊びに行ったりして、3年生の頃には隠れてお酒を飲んだこともありました。上島は当時からひょうきんな奴で、放課後になると毎日のように友人3〜4人と『太陽にほえろ!』などのパロディコントのようなことをしていました。九州での修学旅行でも生徒たちの前でコントを披露していました。テレビに出ていた上島そのままの高校生でした。

 性格は優しくて、人のことをよく気にかけていました。友だちが野球部の奴に『お前、パン買ってこい!』とパシリをさせられると、上島も一緒について行ってあげたりして。彼女が欲しいといった事も言っていましたが、高校時代に付き合っていた人はいなかったんじゃないかな。

 でも訃報を聞いた時は驚きというより、納得感がありました。以前、上島がひとり旅の番組に出演していたのを観たのですが、『精神的に辛い』みたいなことをこぼしていて、それが印象に残っていたんです。なので『何かあったんだろうな』と」

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 テレビでは“いじられ役"だったが、高校時代の成績は優秀だった。

上島竜兵さん ©文藝春秋 写真/宮崎慎之輔

「意外に思われるかもしれませんが、竜兵の成績は優秀でした。中の上くらいはいっていた。得意な科目は社会で、私は政治経済、倫理、日本史、世界史を教えましたが、高校3年間で10段階でずっと10でした。

 当時は今ほど資格をとって専門職につける時代じゃなかったので、他の生徒には進学か就職を勧めていました。竜兵は大学に進学できる実力がありましたが、三者面談で『役者になりたい』と言いましてね。お母さまも賛成していたので、私もがんばって来いと背中を押しました」(前出・柏木先生)

 しかし上京後に俳優の道を断念。お笑いの世界へと進み肥後克広、寺門ジモンとダチョウ倶楽部のメンバーとして昭和、平成、令和と子供から大人まで多くの人々に笑顔を届けた。

 

「上京後はとても苦労したようですが、リアクション芸が周囲の人に認められて人気が出て嬉しかったですね。彼の優しい性格があったからこそだと思います。2008年に神戸の三宮で志村けんさんの舞台『志村魂』があった時、私を招待してくれたこともありました。公演後にわざわざ客席まで迎えに来てくれて、志村さんの待つ楽屋へ案内までしてくれたんですよ。照れ屋で決して口数は多くない子でしたが、誰よりも優しい人間だったと思います。

 竜兵、私よりも先に逝くなんて……。もう一度あの電話の時に戻れたらと思ってしまいます」(同前)

 上島さんの突然の死を悼む人はあまりに多い。

◆◆◆

【厚生労働省のサイトで紹介している主な悩み相談窓口】
▼いのちの電話 0570-783-556(午前10時~午後10時)、0120-783-556(午後4時~同9時、毎月10日は午前8時~翌日午前9時)
▼こころの健康相談統一ダイヤル 0570-064-556(対応の曜日・時間は都道府県により異なる)
▼よりそいホットライン 0120-279-338(24時間対応) 岩手、宮城、福島各県からは0120-279-226(24時間対応)

その他の写真はこちらよりぜひご覧ください。

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