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 そして私を震えさせたのは、これまで落合のものだけだったその性が集団に伝播していることだった。

 いつしか選手たちも孤立することや嫌われることを動力に変えるようになっていた。あの退任発表から突如、彼らの内側に芽生えたものは、おそらくそれだ。

「ああ、俺はもうあいつらに何かを言う必要はないんだって、そう思ったんだ」

 リビングルームの高い天井を見上げると、壁時計の針は午前1時を指していた。朝が来れば、東京へ移動して巨人とのゲームが待っている。

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 だが落合に時間を気にする素振りはなかった。相変わらず、もう全てを成し遂げたかのように微笑んでいた。勝利に飽くことのなかった男が、なぜこうも満ち足りているのか。

 それが私の次の問いだった。

 落合は、今度は深く息をついた。

「荒木のヘッドスライディング──」

 そう言って探るように私を見た。

「あれを見て、俺が何も感じないと思うか?」

 落合の言うプレーはすぐに思い浮かべることができた。私も鮮明に覚えていた。

 あれは落合の退任が発表された翌日のゲームだった。荒木は二塁ランナーとして、生還は不可能だろうと思われた本塁へ突入し、身を賭したようなダイビングで決勝点をもぎ取った。このチームの変貌を象徴するようなプレーだった。

「あれは選手生命を失いかねないプレーだ。俺が監督になってからずっと禁じてきたことだ。でもな、あいつはそれを知っていながら、自分で判断して自分の責任でやったんだ。あれを見て、ああ、俺はもうあいつらに何かを言う必要はないんだって、そう思ったんだ」

落合博満氏 ©文藝春秋

 落合は恍惚の表情を浮かべていた。

 確かにそうだった。落合はあの日から何も言わなくなった。

「これでいいんじゃないか」

「俺は何もしていない。見てるだけ」

 ゲーム後のインタビュールームでは、勝っても負けても穏やかにそう言うだけになった。紙面を通じて意味深げなメッセージを発することもなくなった。そんな落合の様子が、私の目には奇異に映っていた。

 落合はシャンデリアを見上げると、少し遠い目をした。

「俺がここの監督になったとき、あいつらに何て言ったか知ってるか?」

 私は無言で次の言葉を待った。