解散・総選挙で過半数を失ったメイ首相は完全に「死に体」
「EUから出たい」とちゃぶ台をひっくり返したのはイギリスの有権者だが、一体、どんな形で離脱するのか、その後どうするのか、誰にも見当がつかない。メイ政権は危険が迫ると砂の中に頭を隠すダチョウそのもの。「主権を取り戻せ」という呪詛に縛られ、EU離脱で支払う代償から目をそむけている。
通商協議のガイドラインもEUからイギリスに示された。
在英企業に取材すると「域外関税の10%が適用されたらイギリスの自動車産業は全滅」(労組)、「新薬をEUとイギリスの両方に申請しなければならなくなる」(製薬会社)、「金融パスポートの取り直しが必要」(金融部門)と不満たらたら。EU離脱を歓迎する外資はまずいない。
EUとの間に関税が復活して喜ぶのは一部の漁業・農業従事者ぐらいだろう。
EU域内の旧共産圏から優良な低賃金労働者が無制限に流入したことがイギリスの単純労働者市場を供給過多にし、低所得者住宅の賃貸料を押し上げて生活を逼迫させる一因となった。こうした不満がEU離脱の起爆剤になった側面は否定できない。
だから「人の移動の自由」を認めるEUの単一市場から離脱することになったわけだ。しかし、EU域外と独自の貿易協定を結ぶため関税同盟からも出て、欧州司法裁判所(ECJ)の判断には従わないと勝手に言い出したのは保守党内の強硬離脱(ハード・ブレグジット)派。
2017年6月の解散・総選挙で過半数を失ったメイ首相は完全に「死に体」。政権が崩壊して総選挙になると郵政・鉄道・エネルギーの再国有化を唱える労働党の強硬左派コービン党首が首相になりかねない。そこで保守党内のジョンソン外相ら強硬離脱派はメイ首相の追い落としより、後ろから操る方が得策と考えた。
強硬離脱派が次の首相になることを怖れるユンケル委員長は「生かさず殺さず」の状態でメイ首相と交渉を続けたい。それが第1フェーズの合意を急いだ本音だ。メイ首相の任期は22年6月だから、移行期間を含めた交渉期限の21年3月まで、まだ時間はある。