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「クビが頭をよぎりました」 中日・山本拓実が辿り着いた“負のスパイラル”から抜け出す答え

文春野球コラム ペナントレース2022

2022/06/26
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「そうですね。去年までは……」

 今年5年目を迎えた山本拓実は一拍置いた。4年間で28試合5勝6敗、防御率4.30。市立西宮高校からドラフト6位で中日に入団。1年目に初登板を果たし、2年目は初勝利を含めて3勝。身長167センチながら、腕を振って真っ直ぐを投げ込む強気のピッチングが持ち味だ。しかし、3年目以降は伸び悩んだ。制球を乱し、連打を食らい、失点を重ねた。時に先発、時にリリーフと役割もまちまち。足踏みが続いた。

「正直、自分を見失っていました。仁村(徹・二軍監督)さんからも『このままでは中途半端なピッチャーになるぞ』と言われていました」

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 山本は多くのプロ野球選手が経験する“負のスパイラル”に陥っていた。誰しも魅力があってこの世界に入る。しかし、必ず壁に当たる。すると、課題が出る。当然、原因を探り、見つける。次に試行錯誤し、克服に励む。この過程の何が悪いのか。

「コーチからのアドバイスもたくさん頂きました。今は情報がどんどん入る時代なので、本やTwitter、動画サイトでいろいろな投手のフォームをチェックしたり、トレーニング方法を勉強しました。特にコロナ期間中は引き出しが増えました。でも、今思うと、取り入れ過ぎました。気付いたら、いつもマウンドで自分と戦っていたんです」

 体調は日による。 

「今日は体が開いているなとか、腕が振り遅れているなとか、試合中にすぐ分かるんです。すると、修正法を思い出して試すんですが、うまくいきませんでした。逆に体が万全で球速も出ているのに、イメージと違った打ち取り方だと、今度はそれが気になってすごく気持ち悪い時もありました」

 悪い日はズルズル。良い日もモヤモヤ。毎日、「なぜだ」がグルグル。矢印はいつも自分に向いていた。この過程こそ終わりの始まりなのだ。

「不安だから、練習はガンガンするんです。でも、修正できずに疲れ果てる。その体でまた追い込むから、余計崩れるという繰り返しでした。去年の夏頃、クビが頭をよぎりました。ドラフト6位が鳴かず飛ばずで、次の年には大卒ルーキーが入って来る。これはやばいなと」

山本拓実

たちこめていた暗雲が一気にとれた日

 戦力外通告と書かれた門の手前で山本は決意した。「最後に1回、やりたいことを全部やろうと思ったんです」。去年8月、ナゴヤ球場で急遽組まれたソフトバンク三軍との練習試合。記録はなく、非公開のため関係者以外の記憶にもない。山本は先発した。

「全球、僕が組み立てたんです。試合前、石橋(康太)に『悪いけど、今日は首を振りまくるかもしれない』と言いました。柳(裕也)さんの真似をしてランナーがいない状況で突然クイックをしたり、長くボールを持ったり、とにかくバッターが嫌がることを全部やったんです。ちょっと変わった表現ですが、キャッチャー側から投手山本を見たというか、『バッターは山本に何をされたら嫌か』を考えながら、投げたんです」

 結果は2イニング無失点。この日、どんより垂れこめていた雲が一気に取れた。

「めちゃくちゃ楽しかったです。『これだ!』と思いました。やはり僕はコンディションが良かろうが、悪かろうが、バッターを攻める。意識は敵。これが長所で、ひょっとしたら、短所を克服する一番の方法なんじゃないかとも思いました」

 去年11月、契約更改交渉後の会見で山本は「自分のスタイルに悩んだ時期があった。でも、夏頃にこれだと思うものを掴んだ」とコメントしている。そして、今年1月、この考えが間違いないと確信した。

「宮古島で谷元(圭介)さんと大野(奨太)さんと自主トレをしたんですが、大野さんから『調子が悪い日はどうしてる?』と聞かれ、僕の考えを言ったら、『それに気付けているなら、いいよ。その通りだよ』と言ってもらえたんです」

 負のスパイラルから抜け出す答えにやっと辿り着いた。それは「矢印は自分ではなく、いかなる時も敵」だった。換言すると、「本番で意識すべきは短所ではなく長所」である。

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