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「契約にいくつものコンプライアンス違反が発覚したんです。顧客に保険内容を理解させないまま契約を結んでいたほか、見た目が爽やかで口も上手い彼は、独身女性に結婚をチラつかせて契約を取る、結婚詐欺やデート商法に近い行為もしていた」(別の社員)

 保険の継続率も、凜の強引な営業を裏付けていた。

「1年で85%を切っていた。これはあり得ない。普通、継続率が90%を割ることはありません」(同前)

 20年3月、凜は「業務停止(三営業日)」の懲戒処分に。上司二人も「管理不行届き」として訓戒処分を受けた。そして同年6月末付で、凜は退職している。

 プルデンシャルは「退職した社員のため、回答は控えさせていただきます」。

 同年秋、凜はプルデンシャル時代の先輩がいる保険代理店に再就職。在籍中に起きたのが、凜と直子さんとの養子縁組だった。

「彼は突然、名前が松田から高井に変わり、直子さんの保険金の受取先も自分に変更した。さらに、『殺し屋』や『代理殺人』といった内容を口にしたりするようになり、不信感を持った会社側は、21年5月で彼に退社してもらった」(関係者)

 直子さんが殺害されたのは、その2カ月後だった。

 前出の捜査関係者が明かす。

「直子さんが殺害される前後、高槻市内の自宅周辺を何往復もする凜らしき若い男の姿が、付近の防犯カメラに映っていたのです。10月には凜の自宅マンションを家宅捜索した」

妻と離婚調停、愛人と生活

 直子さんは地元の小中高を出て、京都ノートルダム女子大学英語英文学科を卒業。89年、ある都市銀行に一般職として入行した。

「一人っ子で幼い頃に両親が離婚。市役所勤めだった祖父が残した家で、独身のまま母親と二人暮らし。7、8年前、認知症になった母親が施設に入ってからは、大きな家に一人で住んでいました」(近所の住民)

高校時代の直子さん

 約80坪の土地に建つその家が、殺害現場となる築50年余の2階建て木造住宅だ。かつてはデューク更家のエクササイズ「デュークズウォーキング」にハマり、日頃の楽しみは外で飲み歩くことだったという直子さん。飲み仲間が語る。

「真面目やけど、飲んだらよう喋る。よく『カレシが欲しい』と言うとった」

 直子さんは裕福な生活をしており、地元不動産業者によれば、家の土地は資産価値が1億円前後になるという。ここ数年、飲み仲間には、たまに会う“年下男”の存在を匂わせたことも。

「東京に腹違いの弟がいる」

 だが彼女に弟はいない。亡くなる直前、近隣住民はこんな彼女の姿を見ていた。

「普段、洗濯物を外に出さない直子さんが、バスマットを洗濯して外に干していた。人を迎え入れる準備をしていたのかなと思いました」

 凜は逮捕前、関西テレビの取材に、「養子縁組は身寄りのない直子さんの方から持ち掛けられた」などと説明していた。

「凜は保険代理店を退職後、不動産投資の仲介やFXで収入を得ていたようです。女性関係が派手で妻とは離婚調停に。その後はガールズバーで捕まえた愛人との生活を謳歌していた。愛人のSNSには二人の写真や、高級ブランドのバッグや時計などがアップされていた」(前出・知人)

愛車・ランボルギーニと(本人SNSより)

 直子さんが地元スナックで歌ったレパートリーの一つが、キャンディーズの代表曲「やさしい悪魔」だ。

 1年前の夏、直子さんを湯船に沈めた“悪魔”の正体は絞られている。

◆現在配信中の「週刊文春 電子版」では、高井凜容疑者がプレデンシャル入社時に同期の前で行った1分間の“決意表明”のスピーチを動画で公開している。

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