1ページ目から読む
2/3ページ目

 一度繊維化して硬くなった肺は、元どおりの柔らかく健康な状態に修復されることはない。生きる上での基本である健全な「呼吸」を奪われるのだから、命を落とさなかったとしても、サバイバーが生涯抱える苦しみは想像を絶するものだろう。肺移植という手段はあるが、臓器の移植は拒絶反応などの可能性もある、危険を伴う手術となる。

参考:「肺移植」外科手術について(京大呼吸器外科より)

 そして、この恐ろしい加湿器殺菌剤を製造・販売したメーカーの対応は、当初、全く誠意に欠けていた。間質性肺疾患の原因として疑われて以降、責任を逃れるために実験データを誤魔化そうとし、事件はより最悪かつ大規模なスキャンダルになっていった。

ADVERTISEMENT

事の始まりは「肌で大丈夫なら人体に無害」という無謀な判断

「“加湿器殺菌剤”と書いてあるでしょ。それを使えば加湿器のタンクにカビも生えないとか。ミヌ(息子)の咳がひどいから使うわ」

「これはいいな。国も安全を保証している」

映画『空気殺人~ TOXIC~』より

 問題となった有毒物質PHMGとPGH、実は「皮膚への毒性が比較的少ない」という理由で、当時殺菌剤としてさまざまな用途に使われていた。もっとも「肌に触れた場合」についての研究結果は、十分にあった。しかし、加湿器に入れて噴霧するという条件での実験は行われていなかったのだ。にも関わらず、開発者たちは「今まで使われてきたのだから、加湿器殺菌剤に使用しても問題はないはず」と判断し開発を進めた。韓国政府の官僚も完成した商品の販売を許可してしまう。

 販売許可を得た加湿器殺菌剤は、イギリスのメーカー、レキットベンキーザーの日本・韓国法人である「オキシー・レキットベンキーザー」が「オキシーサクサク」という商品名で販売した。「人体に安全な成分を使用」「子どもにも安心」のキャッチコピーで宣伝したところ、よく売れた。「オキシーサクサク」がヒットすると他社もこれに続けと、同様の加湿器殺菌剤を製造し販売しはじめた。そして危険な加湿器殺菌剤は10製品ほど、韓国で流通するようになった。

原因を突き止めた小児科医

「オキシーサクサク」が販売されてからまもなく、間質性肺疾患の患者が現れるようになった。患者は限られた地域ではなく、全国に均等に分布。急激に症状が悪化し亡くなる子どももいて、韓国の人々を恐怖に陥れた。

 何を吸い込んだことが原因なのか? あらゆる可能性が考えられる肺疾患は、原因を絞り込むのが非常に難しい。例えば、工場から発生した有害物質、花粉や黄砂やPM2.5、さらに芳香剤、殺虫剤。ハウスダストやダニなど、身の回りのあらゆるものが間質性肺疾患の原因になりうる。

映画『空気殺人~ TOXIC~』より ⓒ2022 THE CONTENTS ON Co.,Ltd. & MASTER ONE ENTERTAINMENT Co.,Ltd. ALL RIGHTS RESERVED

 それでも、ある小児科医が本格的に原因究明に取り組んで、努力を重ねた。この小児科医は、あらゆる検査方法を総動員し、答えるのに2時間以上かかる設問を考案。全国の患者を集め、データと論文を重ね合わせ「同じ空間にいた場合、同様の症状が出やすい」ことを発見。そして、ついに説明可能な「加湿器の殺菌剤」という原因にたどり着いたのだ。