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北海道東部の“地図にない集落”で見つかったのは…「水銀を飲む謎の一族」に生まれた青年の生涯を描く大河小説

著者は語る 『竜血の山』(岩井圭也 著)

『竜血の山』(岩井圭也 著)中央公論新社

 昭和13年、北海道東部の辺気沼(へんけとう)で、巨大な水銀鉱床と、地図にない集落が見つかった。そこには、水銀を飲む謎の一族がいた――。

 作家の岩井圭也さんの最新作『竜血の山』は、水銀に魅せられ、縛られた青年・アシヤの生涯を描く大河小説だ。

「理系で元素の周期表を眺めるのが好きだった私にとって、猛毒で、常温で液体の唯一の金属である水銀は妖しく魅力的でした。水銀は、飲むのはもちろん、粒子を含む蒸気を吸うだけで水銀中毒となり、痺れや関節の痛み、呼吸困難などの症状が出る。かねて水銀をモチーフに物語を作りたいと思っていて、編集者さんから『マジックリアリズムを書きませんか』と声をかけていただき、ガルシア=マルケスの『百年の孤独』などの先行作品から、一気に発想が膨らみました。鉱山には水銀に耐性がある不思議な一族がいて、祝福であり呪いでもある、そうした両面性をもった人間が描けるのではないか、と」

 赤い岩を意味する「フレシラ」の山中で世を忍んで暮らす一族は、「竜の血」=辰砂(しんしゃ)(硫化水銀の塊)を売って生計を立てている。彼らにとって水銀は毒ではなく、崇(あが)めるもの。山奥の洞窟には自然水銀を滔々(とうとう)と湛(たた)えた〈湖〉があり、年に一度、その水を口にし、湖の主を祀る。集落外の人間は立入禁止、というより水銀の蒸気が充満し入れない。銀色に輝く神秘の湖が幻想的に描かれる。そこへ、軍靴(ぐんか)の音が押し寄せる。

「火薬などの原料となる水銀は貴重な軍需物資でした。舞台のモデルは、北海道北見市にかつてあったイトムカ鉱山です。質・量ともに東洋最大級の規模で、太平洋戦争中に最盛期を迎えますが、戦後になると、強制労働を強いられた朝鮮人や中国人による暴動が起き、水銀の市場価格の暴落などで一気に下火に。しかし1950年の朝鮮戦争による特需で再び盛り返しますが、労働争議も起きた。閉山までの三十数年間に栄枯盛衰が凝縮されています」

岩井圭也さん 撮影/中央公論新社写真部

 操業が始まった「フレシラ鉱業所」に、アシヤたちは鉱夫として雇われる。彼らは給金こそ高額だったが、周囲からは畏怖と軽蔑相半ばで〈水飲み〉と呼ばれ、人間扱いされない。だが、どんな仕打ちを受けても、アシヤは〈他の場所で生きていくことなどできない〉と山にこだわる。

「アシヤは、鉱夫になりたての頃は差別されることに敏感で、直情的に事件を起こすなど、なにくそという熱い思いがありますが、経験を積み、労働組合に参加し、職員として採用されて、現実を受け入れていく。アシヤと対話して書き進めるうちに、地縁に縛られているからこそ、そこに順応するのが彼なりの責任なのだとわかりました。会社員としての私の経験も盛り込みましたが(笑)、身に覚えのあることが多いはずです」

 やがて鉱山は閉山の危機を迎える。水銀が原因の公害病・水俣病が起きたからだ。そして物語は、あの〈湖〉へ収斂(しゅうれん)されていく。

「どんなに社会的に厳しい目にさらされても、そこで生活する人がいる。山を守るのは、綺麗ごとだけでは済まなかったに違いない。望まぬうちに山の運命を背負わされたアシヤは、過酷な現実に、すり寄るし、逃げるし、隠す。彼を嫌な奴とか、変節漢と思われるかもしれませんが、彼のダメさもあえて書くことで、生きる意味を問い続けました。主人公の内面を深く掘り下げる純文学的な手法もありえたでしょうが、私はエンタメにこだわりたい。純文学とエンタメの境目をなくすような作品をこれからも書いていきたいですね」

いわいけいや/1987年、大阪府生まれ。北海道大学大学院農学院修了。2018年「永遠についての証明」で第9回野性時代フロンティア文学賞を受賞し、デビュー。ほかの著書に『夏の陰』『文身』『プリズン・ドクター』『水よ踊れ』『この夜が明ければ』などがある。

竜血の山 (単行本)

岩井 圭也

中央公論新社

2022年1月19日 発売

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