もとやゆきこ/1979年石川県生まれ。2000年「劇団、本谷有希子」を旗揚げ。11年に小説『ぬるい毒』で野間文芸新人賞、13年に『嵐のピクニック』で大江健三郎賞、14年に『自分を好きになる方法』で三島由紀夫賞、16年に「異類婚姻譚」で芥川賞を受賞。

「この作品で芥川賞をとれてよかったと思っています。ようやく小説のしっぽをつかみかけて、自分でも初めて『小説家になれた』と実感できた作品だったので」

 1月19日に選考会が行われた第154回芥川賞は、本谷有希子さんの「異類婚姻譚」の受賞で幕を下ろした(同時受賞に滝口悠生さん「死んでいない者」)。過去に3度ノミネートされ、芥川賞候補の“常連”だった本谷さんだが、今回はまったく違う気持ちで当日を迎えることができたという。

「候補になったと連絡がきたとき、そのこと自体の喜びよりも、この作品を選考委員の方々に読んでもらえるという喜びの方が強かった。それくらい、これまでの自分の作品とは変わったものが書けたという手ごたえが大きかったんです。

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 実は前作から2年半くらい、まとまった形の作品を残すことができていませんでした。以前私は劇作家としても活動していたのですが、劇団というものの形に疑念が湧き、しばらくは小説家に専念すると宣言した。そう言った手前、もっと小説を書くだろうと思っていたのですが、少しずつ面倒くささに押し流されてしまって(笑)。でもおかげでこの“怠惰”な自分こそ本当の私で、これまで『私が私が』と頑張ってきた私は後天的なものでしかなかったと気が付いたんです。その発見によって『異類婚姻譚』も書くことができた。この話は夫婦の話ではあるのですが“楽する”ということが裏のテーマになっています」

 物語は《ある日、自分の顔が旦那の顔とそっくりになっていることに気が付いた。》という一文から始まる。主婦のサンちゃんは、家では怠惰に過ごすばかりで何もしない旦那と生活していくうち、自分と旦那がだんだんと同化していることに不気味さを感じ始めるのだ。

「前に、パソコンに入っている写真をソフトの顔認識システムで整理したとき、私の顔と夫の顔の写真が同じフォルダに入っていたことがあったんです。別に私自身、夫と顔が似てきたと感じたことはないんですが、そのときのことを思い出して冒頭の一文を書いたら、そこに秘められた薄気味悪さに気付かされて。自分でも認識していなかったことを、書くことで教えられた感じです。それからは小説に身を委ねるように、書き進めることができました。自分が小説を書いているというより、小説に書かされているような、今までにない不思議な感覚でした」

 今回単行本になった『異類婚姻譚』には、受賞作を含む4編が収録されている。各作品の掲載媒体はバラバラなのだが、不思議と一貫性を感じる作品が集まっているのが面白い。

「ひとつ共通点があるとすれば、主婦を描きたいという欲望があったこと。それは、私が結婚して主婦になったことが、もちろん大きな理由としてあります。

 以前なら、物語を書いていても登場人物に作家自身を重ねられるのが嫌だったんです。どこかに『これは私自身のことではないよ』というメッセージを込めていた。でも最近は、仕方ないかと開き直るようになってきて(笑)。大好きな友部正人さんの詩集のように、作者の人柄がにじみ出ている作品を書きたいと思っていたんです。だから、サンちゃんの、物事を切実に考えていなかったり、まあいいかって済ませてしまう性格は私そのものですね(笑)。でもそういう書き方をすることで、力が抜けて、以前より作品の自由度は高くなっていると感じます」

子供もなく安穏と専業主婦生活を送るサンちゃんは、ある日自分の顔が夫と似だしていることに気付く。会社員だが家ではiPadのゲームと揚げ物づくりにしか興味のない夫と、いつしか夫婦の輪郭が混じり始めて……。芥川賞受賞の表題作の他、「〈犬たち〉」「トモ子のバウムクーヘン」「藁の夫」の3編を収録。

異類婚姻譚

本谷 有希子(著)

講談社
2016年1月21日 発売

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